2011.4.8「わたしを離さないで」シャンテ
2011.4.8「わたしを離さないで」シャンテ
衝撃である。小学校3,4年の頃、「死」の恐怖が解り始め、声にならない声を出して叫んだ、多分誰もが経験したのではないかと思うアレが、見事にそのまま映像になっていた。
イギリス片田舎の寄宿舎の子供たち。きちんと躾けられ、いかにもありそう。寄宿舎は外部からは閉ざされている。外の世界のことは“ごっこ”でシミュレーションする。
その子たち、臓器提供の為に育てられたクローン。成人すると、何回かの臓器提供の後に“終了”する。
設定はSFである。しかしあまり描写がリアルなので、イギリスの片田舎にはさも有りなんという気になって引き込まれる。子供は普通の感情を備えて成長し、閉ざされた中でそれなりに普通の成長のプロセスを経験する。しかし、遠からず“終了”することを受け入れている。葛藤をいだきながら。普通の子供の成長をたどる。
ほのかな希望の噂があった。本当に愛し合う二人と理事長が認めれば、執行は猶予される… 子供の時から愛し合っていた二人は、紆余曲折があった後、それに挑む。海沿いのリゾートへ理事長を訪ねる。シャーロット・ランブリング(懐かしい)の理事長は二人を部屋に招き入れる。有り得ない話なのだが緊張でドキドキする。「昔からそういう噂があったのは知っています。でもそういう決まりは始めからないの」
帰路夜の道を走る無言の二人を乗せた車、男がちょっと止めてと言う。男は降りると、漆黒の闇に向かって、叫び声を上げる。アレだ、あの叫び声は“アレ”だ。
臓器提供もクローンも寄宿舎も、“アレ”を描く為の道具だったのだ。
音楽が素晴らしい。設定はSFだからと言って、そういう音楽ではなく、あくまでリアルなイギリス片田舎の青春に付けている。それでいて登場人物の感情に付けるのではなく、時に見守り、サスペンスフルですらある。 ピアノの短い動機の繰り返しと弦、チェロのソロを上手く使っている。
「わたしを離さないで」(Never Let me go)は寄宿舎で唯一の外界との接点である、年に一度だかの外部のものが買える日に、男が彼女の為に買ったカセットに入っていた甘ったるいラブソングのタイトル。この音楽が二人が生きた証、出会ったことが、出会えたことが、再び永遠の闇の中に消えてしまう二人の生存したことの証明。それはまさに全ての人の生の物語である。
『アルタードステーツ』のカオスの中から差し出された手が、永遠の中に飲み込まれようとする主人公を再び妻の下に引き戻した、あのシーンを思い出した。「愛」というやつ。
人間は“アレ”に対しては何も出来ない。ただ受け入れる… ムンクの「叫び」もそうだったことに気付く。
色んな映画がある。でも“アレ”をこんなに的確に映像化したのを始めて見た。
“アレ”を忘れず、持ち続ける作家(カズオ・イシグロ)や監督や、音楽家や、芸術家を尊敬する。
監督 マーク・ロマネク 音楽 レイチェル・ポートマン