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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2011.5.10 「八日目の蝉」丸の内ピカデリー

2011.5.10 「八日目の蝉」丸の内ピカデリー

 

不倫相手の子を堕した女が、その相手と妻の生まれたての子を誘拐し、逃亡しながら、4歳まで育てる。子供は実の母と思う。女は捕まり、子供は実の親の元に戻るも、親と思えず。馴染めないまま成人して今は大学生。同じように妻子ある男と不倫して妊娠。誘拐犯の女との4歳までの記憶を辿る旅を通して、全てを受け入れるまでの物語。

4歳までの過去、大学生の今、が見事なカットバックで構成されていて、脚本の勝利。奥寺佐渡子の代表作となろう。

井上真央が良い、永作博美が良い、小池栄子も立派な女優となった。

音楽・安川午朗。相変わらず本格的なオーケストレーションは苦手のよう。ただPfソロが良い。CB、Cla、AG、&Syn がマックスの編成。ユニゾンに近いようなアレンジ。このパターン、確か「孤高のメス」でもあったような。「孤高のメス」の音楽は良くなかった。きちんとした編成の音楽をつければ随分映画は良くなったのに。

しかし今回は違う。映像が必要最小限の音楽しか要求していない。しかも大仰な音楽ではない。必要な所にだけ付けられている音楽が効果的。大編成のオーケストレーションを出来なくても映画音楽はやれるという良い見本。

途中に流れる洋楽のVocal物(ジョン・メイヤー?)、前半、井上が寝てるところにラジカセから流れるやつ、中頃、小豆島への旅の長いモンタージュでもう一度、劇伴と明らかにトーンが違うので変化は付くが、合わないことはないが、多分英詩が内容にあっているのでしょうが、若干の違和感あり。敢えて今風の色付けは必要だったのか。でもあの小豆島へのモンタージュ、あの長さを安川の劇伴でやるには無理があるか。本当はあのシーンこそ、しっかりとしたこの映画の音楽の集大成を、少し厚めに弦など入れて鳴らすべきだったのでは。そこだけ誰かアレンジャー立てても良かったのに。

ド頭の黒味、モノローグのみの入りは好きである。でもモノローグ確か実母の方?やっぱり永作の方で入るべきだったのでは。この途中から音をうんと間引いた硬質なPfのソロが入る。悪くはないが無い方がドラマの緊迫感が増した気がする。

エンドが中島美香の歌。これはしょうがないのかもしれないが。わざわざ歌詞を映画の内容に合わせて努力した跡見え見えの、けっして悪くは無い歌謡曲。しかしラストカットの井上真央の印象は寸断される。

映画を見ている間だけ泣いて笑ってカタルシスあって、終ったら何も残らないというエンターテインメントの映画は在って良い。こういう映画には出来るだけ派手でヒット性のある歌を映画の内容とは関係なくエンディングにぶつけて良い。しかし、見終わった後、余韻を残す映画、見る方に考える事を要求する映画にはローリングと言えども映画の一部と考える必要がありはしないか。この問題、毎度のことではあるが。

女だけの助け合い集団 (新興宗教っぽい) の余貴美子、写真屋の思わせぶりな田中泯など、厭きさせない努力をして上質なエンタテインメントになっている。

監督.成島出  音楽.安川午朗  主題歌.中島美嘉