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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2011.6.1 「マイバックページ」丸の内東映

2011.6.1 「マイバックページ」丸の内東映  

 

朝日の駆け出し記者だった頃の、川本三郎の自伝の映画化。

過激派にシンパシーを持ちつつ、学生時代も今もいつも傍観者でいることの後ろめたさを抱えた妻夫木聡・川本が、赤報隊松山ケンイチに接近、独占取材をする内に、記者としての一線を越えて、逃走幇助で逮捕されるまでの話。

結局、松ケンは安田講堂の攻防に憧れ、三島に拮抗する行動を起こさなければならないという、何の為なんて無い、目立ちたがり屋の、跳ね上がり。結果、自衛官が一人死ぬ。

監督は山下敦弘。あの「リンダリンダ」の山下である。独特の語り口を持つ彼がこんな題材をやって大丈夫か。心配的中。

妻夫木は「悪人」以前に戻り、マジメだけが取り柄の妻夫木、だが役にはピッタリ。松ケンは目立ちたがり屋で調子良くて口だけは立つが無内容、をちゃんと演じている。演出だって悪くない。きちんと押さえるところは押さえている。カメラは何とか言うハンデなもので、その粒子の粗さが題材に合っている。

音楽はクラムボンのミトと、きだしゅんすけ。必要なところに最小限。ほとんどがコンバスのソロ・アドリブ? この選択、このアイデアは良い。他にどんなMが合いそうか。ピアノは音色が違う。管楽器だとジャジーでかっこよくなってしまう。フィルムノワールではないのだ。弦カルの現代音楽風、これはありか。しかし上品になる。打楽器? 芸術映画になってしまう。コンバスソロは良い選択だった気がする。しかし音楽はこの映画にどの位の貢献をしているのだろう。無くてもよかったか、あった方がまだ良かったか。

一箇所だけピアノ、一箇所だけ弦 (もちろん歌い上げるものではない) が大きな事件となってしまった状況を表すように流れる。最後のローリングに真心ブラザースと奥田民夫の「My Back Pages」ボブ・ディランのカバー。

それより、二人が始めて下宿 (妻夫木の離れ?) で会って、どんな音楽好き? CCR と言って松ケンのギターで「雨を見たかい」をあまり大きな声を出さずに唄うのが、あまりに私っぽく、僕等っぽく、それだけが印象に残った。「恋の季節」「真夏の出来事」など当時の既成曲が出てくるが、普通の使い方。

さて、何故この時期この題材を映画にしたのか。僕等は同時代を生きたものとして、多少のシンパシーを持って見ることが出来る。しかしそれ以外の人にとって魅力のある素材か。今に通じるテーマがあるか。いくら人気者連れてきたってお客は来ない。なぜあの人気者二人は出演したのか。なぜ山下はこの仕事を引き受けたのか。あの時代のああした若者に今の人は何か魅力を感じているのか。それらの疑問が残る。

ただ変に誇張したり話を作為的に作りこまなかったところに作り手側の誠意は感じる。

最後に妻夫木が飲み屋で泣く。「生きてさえいりゃいいじゃないか」という言葉に反応して。

それはひとりの自衛官の命を奪ってしまったという、それに加担してしまったということへの後悔か…

行きずりの無関係な人を殺したと同じじゃないかと迫る妻夫木に、権力はこれまでに樺美智子を始めとしてたくさんの人を殺しているじゃないかと言い返す松ケン。このすり替えが普通に通ってしまっていた時代…

監督.山下敦弘  音楽.ミト、きだしゅんすけ