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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2012.5.29「ミッドナイト イン パリ」 丸の内ピカデリー 

2012.5.29「ミッドナイト イン パリ」 丸の内ピカデリー 

 

久々のウディ・アレン私小説的スタイルは変わらず。この人いつも等身大の自分を変にドラマとして作り込まずストレートに描いて、しかもシャレたエンタテイメントになっている。但し虚構として作らない分、思いや趣味はストレートに言葉で語られるので、それに共感する人には受け入れられるも、そうでない人には退屈で、何だコレ? である。

4ビートのSaxのレトロなジャズが流れて延々とパリの街をカメラが映し出す。かなり長い。良く見りゃあそこ行った! それだけで私は虜である。上手い演奏とは言えないが、良い音質とは言えないが、同じ音型をひたすら繰り返し、それがパリの街角を案内するのにピッタリである。ウディ・アレンは本当にパリが好きなのだ。

主人公はシナリオではマアマア売れているが何とか小説に転向を計ろうとしているウディの分身。昔だったら自分で演じたのだろうが、さすがにあの頭では無理なので、良く見りゃ二枚目なのだが、スボンをだらしなく掃かせていかにもダサいアメリカンを俳優が演じている。かつてのウディの感じである。これから結婚をひかえる彼女と一緒だが、ヨーロッパ特にパリにコンプレックスを持つアメリカインテリの正統な後継者である彼は、普通にアメリカンの彼女と所々ですれ違う。ディテールでは共通するも本質が食い違う。

そんな彼が夜中のパリを一人歩くと教会の鐘がカランコロンと鳴って、レトロな車が止まると、さあ乗れ! 誘われるまま乗って、着いたところは憧れのロストジェネレーションのパリ。

フィッツジェラルドがいてヘミングウェイがいてピカソがいてダリがいて。彼は夜な夜なそこへ通い出し、書きかけの小説を読んでもらう。そこで恋に落ちた元ピカソの恋人とは彼女の憧れの時代、ベルエポックのパリにも行く。そこにはロートレックが居た。そこの画家たちはルネッサンスへの憧れを語る。過去はいつも美しい憧れの対象。

これはウディの「夢十夜」。タイムスリップなのだがSFではない。

レトロタクシーが現れるとジャンゴ・ラインハルトのようなギターが流れて時間を越えていく。そこにCGを使った時空移動の映像などない。カフェに何の違和感も無くヘミングウェイが現れ、ダリが現れる。飲んで語らって次のカットはホテルの朝のベット、隣にいるのはアメリカンの彼女。タイムスリップというより夢、”鐘がボンとなりゃ”の『野ざらし』である。

時空を超える時のギター曲が実に良い。夢の中で彼女とパリを散歩する時のアコーディオンの曲 (曲名忘れた、有名な曲) が実にいい。フレンチカンカンも良い。全編既成曲て構成していて見事、当て方も上手い。フェードアウトの何と自然なことか。既成曲をここまで見事に使われては、オリジナルを作る必要は無し。音源はどれがオリジナルでどれが録り直しているのか、その辺見分け付かず。

ウディ・アレン私小説的エッセイ映画もいよいよ熟練の境地である。

監督 ウディ・アレン  音楽 ステファン・レンベル(編曲ということか)