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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2012.9.4「かぞくのくに」新宿シネマアート 

邦画

2012.9.4「かぞくのくに」新宿シネマアート 

 

北の在日の家族の物語。

16歳で北に渡り、25年ぶりに病気の治療の為に戻った息子と、それを迎える両親、妹。

かつて父は朝鮮総連の幹部として、北を信じて息子を送り出した。その息子が帰ってきた。監視付きで。おそらくこんな話は一杯埋もれているのだろう。私が育った東京板橋でも近所に家族で北へ帰った人がいた。昭和35~6年だったと思う。

そんな立場に生まれなかったことを有り難いと思った。歴史をどうこう言っても今さら始まらない。現実にそんな状況がある。それに耐えて生き延びなければならない。過酷である。

治療が始まったばかりなのに突然帰国の命令が来る。この国の命令には従うという選択肢しかない。兄を乗せた車が遠ざかっていく。

手持ちを多用してドキュメンタリータッチを狙ったのか。でも話は、悪い意味ではなく、泣かせ所を考えて映画的作為がある。しかし、そんな作為云々を言っても始まらない。圧倒的な現実が作為も何も吹き飛ばす。監督は女性。おそらく実体験としてこれがあり、形にしなければ前に進めなかったのではないか。

音楽はこんな方法しかないというように、ピアノが短いフレーズをところどころに静かに少しづつ置いていく。このフレーズを繰り返して、音楽として纏まっているのはエンドロールだけである。これ、出来そうで出来ない。ついつい無調をやったり、効果音的に入れたり、泣かせにウェットメロを鳴らしたりしがち。なんと岩代太郎だった。この人、時々見直してしまうことをする。

最後のワンシーン、スーツケースを引っ張って横断歩道を渡る妹、これは何とか自力で兄に会いに行こうとしているのか、それとも工作員になることを承知したということなのか。

とにかく現実が重い映画。在日の人は多かれ少なかれ、こんな思いをしているのだ。

 

キネ旬見た。この女性監督、ドキュメンタリーで実績のある人だった。そしてほとんど実体験。現実には言えなかったことを、かわりに映画の中で言い切ったとか。ほとんどドキュメンタリーに近く、それに少し手を加えてフィクションとして再構築する。ドキュメンタリードラマ(昔、テレビマンユニオンが歴史物でやった)、こういう方法はあって良い。

兄を囲んで昔の仲間が「白いブランコ」を歌う。ほとんど私と同世代の話だ。

監督の分身を安藤サクラ、兄を井浦新

監督 ヤン・ヨンヒ  音楽 岩代太郎