映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2015.9.16 「わたしと出会うまでの1600キロ」スバル座

2015.9.16 「わたしと出会うまでの1600キロ」スバル座

 

離婚した母に女手ひとつで育てられ、娘はその母と愛憎半ば、その母が死ぬ。心の整理がつかず男と薬に溺れてなんてよくある話。その娘がメキシコからカナダまでの西海岸の砂漠と山脈と森を踏破するパシフィック・クレスト・トレイルに挑む、それもほとんど衝動的に1枚のポスターを見て。山の経験もない若い娘が何十キロというザックを背負って1600キロに挑んだのだ。

映画は山行を辿りながら娘の過去がカットバックして、それまでの人生が語られていく。

ド頭にあれ? 聞いたことがある?「サイモン&ガーファンクル」の『コンドルは飛んでいく』のイントロ。チャランゴトレモロにリバーブを目一杯掛けたやつ。何百回も聞いているから間違いない。この曲をタイトルMにするんだと思いきや、歌前でFO。少ししてまた別のシーンで流れてここも歌前でFO。この歌ではなく、このイントロがこの映画のメインテーマとして使われているのだ。主人公の内省的になるシーン。まるでこの為に作られたようにピッタリ。多分これが「コンドル」のイントロと分からない大半の人にとってはこの映画の為のオリジナルの劇伴と思われているのだろう。イントロのみのこういう使い方は私の知る限り初めてである。 

蛇が出てきたり、ハイカーの男に襲われそうになったり、山奥の優しい夫婦に助けられたり、女性ハイカーと意気投合したり、動物と心が通じたり、満天の星を見上げたり、雪の中遭難しそうになったり、その都度過去がカットバックして心の汚れが洗われていく。そして遂にシアトル、終点『神の橋』、特別な橋ではない。でも1600キロを踏破した者には特別な『神の橋』なのだ。

その後に結婚して子供が生まれてとクレジットが出る。ローリングタイトルで初めて「コンドルは飛んでいく」のVocalが流れる。クレジットの脇に主役の女優とは別の女性の写真、おそらく原作者でこれは体験記のノンフィクションなのだろう。

千日回峰という仏教の修行、これはそれのアメリカ女性版というところか。日本の難行苦行は神秘体験に結びつく。一神教のアメリカでは自然に神は宿らない。広大な自然の中でそれと格闘し何かを成す。肉体的難行の中で日常の毒は洗い流され、自分が自然の一部として生かされていると素直に感じられる。そんな体験をした人が人間の日常に戻った時、そこに充満する人間間での悩み恨み辛みの一段超越した視点を持てていることは間違いない。社会的自分なんてどうでもよい、つまらない拘りが全部吹っ飛ぶ。それをとっても解らせてくれる映画である。

音楽は全て既成曲。原作者はおそらく私と同世代、懐かしいフォークやロックが劇中に流れる。劇伴的なものは例のイントロのみ。ゴール近く出会った子供が「レッドリバーバレー」をアカペラで唄った時、何故か熱いものがこみ上げて来た。

主演.リース・ウィザースプーン、けっして美人ではないが大熱演、最後は神々しく見えた。母親のローラ・ダーンも良い。 原作・シェリル・ストレイド。

私のジョギングは、安全な日常に身を置きながら、一瞬自分が大自然の一部であるということを感じたような錯覚に陥ることが出来る,似非即席2~3時間回峰。

監督・ジャン=マルク・ヴァレ  音楽監修 スーザン・ジェイコブス