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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2015.10.16 「進撃の巨人 後編」

2015.10.16 「進撃の巨人 後編」

 

前篇をダイジェストした長いアバン、そのバックにオペラのアリアの様な女声Vocal、このアイデア、ありきたりだがまあ良い。但しもう少し上手くてエキセントリックな声の人の方が良かったのでは。アバンの大半は巨人との戦い。効果音ガンガン、音楽負けじとレベル上げるも、効果の間に間に女声がチラリ程度、オケが入っていたのか、それすら解らない。台詞も音質固くして絶叫、それがキンキンと響く。もう少し音を整理出来なかったのか。Mixはお世辞にも上手いとは言えない。

長いアバンが終わってメインタイトル、ここに音楽は付いていたか、印象にない。

瓦礫の中でエレンと隊長が長々と台詞のやり取りをする。巨人とは何かの種明かしである。ここで前篇の消化不良が解消するはずだった。

人類は戦いを止めない。戦いを止めさせ心をひとつにする為には人類の外に壮大な敵を想定する必要がある。敵が人類に危害を加える、つまりムシャムシャ喰っちまえば喰っちまう程人類の結束は高まる。100年続いた平和に人類の結束は緩み巨人が必要になった。巨人とは選ばれたエリート? 取って付けたように細胞が異常に増殖する実験を我が子に試みる草薙演じる「アトム」の天馬博士のような説明エピソードが挿入される。さあこれで納得して下さい。腑に落ちて下さい。二人の会話で延々と説明する。その間、水原、三浦貴大、桜庭、そして戦闘員の皆さんは突っ立ったまま板付き状態。時々リアクションを拾うアップが入るが無理に作って顔は引きつっている様。可哀想な役者たち。

その後に隊長とエレンの長々とした台詞の似たようなシーンもう一度。この時は白を基調にしたシュールな室内で二人だけ。小道具にシャンパンなんか持ち出して二人はエリート仲間を演出するがこのリアリティの無さ。ここには音楽は入っていたか? 殆ど全編にベタ付きなのでどこにどう入っていたか入ってなかったか、覚えていない。

編成は大きかったよう。しかし効果といつも喧嘩しているのでオーケストラ感は感じない。時々金管がチョロチョロと聞こえる。弦なんか全く聞こえない。

戦闘シーンはロック編成でEGがギンギン鳴っていた。後ろで何か鳴っていれば良いという付け方。きっとアニメの音楽発注メニューのように、「アクション1」「戦い2」という類の音楽なのだろう。

何の為にそこに音楽を付けるのか、きちんと考えなければならない。単に戦いの迫力を出すため、テンポ感を出す為、音が無いと寂しいから、こんな理由なら効果をきちんと付ければ良い。そっちの方が遥かに良い結果となろう。「七人の侍」で黒澤は戦いが始まってからは一切音楽を付けなかった。

戦いと爆発があり、位置関係が解らず、戦うメインの役者の脇で同じ場にいるとはとても思えない切迫感のなさで他の役者が棒立ちでいる。音楽効果は団子になってただうるさく、いつの間にか壁の穴が塞がって大団円。隊長は死んでしまったのかなぁ。隊長と水原は取って付けたようなキスなんかしちゃって大丈夫だったのかなぁ。

ラスト近く、エレンと水原が岩石飛び交う中、斜目構図対角線状に手を差し伸べるカット、あれは宗教画の様で良いカットだった。

セカイノオワリの主題歌、英語だったせいか違和感なかった。いやあの歌流れてきてホッとした。逆上がりのローリング、遊びだろうが見にくい。エキストラに犬童上野両氏のクレジット、「のぼう」繋がり。編曲に上野耕路、手伝ってたんだ。そういえばエンドロールあたりに上野君の様なPfの早いフレーズ。

終わったと思ったらドン尻に字幕入りモノローグ二言三言、中身の詰った本編の後ならカッコイイが…

石原さとみだけがぶっ飛んでる。

監督 樋口真嗣  音楽 鷺巣詩郎  主題歌 SEKAI NO OWARI「SOS」