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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2015.11.13「ターミナル起終点駅」丸の内TOEI  

2015.11.13「ターミナル起終点駅」丸の内TOEI  

 

久々のメロドラマ。桜木紫乃原作。雪が深々と降る人気のない町、駅に佇む男と女、『駅 STATION』を思い出した。宇崎竜童/朝川朋之(『駅』の音楽担当)の音楽が流れてくるような気がした。

この映画の音楽担当は小林武史、冒頭は弦の静かな曲でマイナーだった。『駅』の冒頭のMは一部マイナーになるも全体はメジャー、これが癒しとなり全体を優しく包む。小林武史も悪くはないしドラマに則せばこうなるのだろう。

若き日愛し合った二人、訳あって別れ、裁判所で裁判官と被告として再会、男はすでに妻子持ち、再び火が付き全てを捨てて新たに生きようとした矢先、女はホームから飛び込み自殺する。

時は流れ、男は今は妻子と別れ一人、世捨人のように最果て釧路の町外れで国選弁護だけを引き受けてひっそりと暮らす。すでに頭には白いものが目立つ。町外れの風の音がヒューヒュー聞こえるような道を、背中を丸め市場で買った食料品を下げてゆっくりと歩いてくる姿に哀愁が漂う。

国選弁護を引き受けた少女、途中で止めざるを得なかったのか、一本の指にだけ赤いマ二キュアが塗ってあった。死んだ女と同じだった。

少女 (本田翼) は時々訪れるようになる。初めは迷惑と思っていた男の気持ちが少しずつ解れていく。料理が触媒として機能する。ほとんど地のままの本田翼が可愛い。もしかしてこの二人? というジジイの勘繰りで話を上手く引っ張っていく。映画は美しい絵空事でなければならない。少女が新たな旅立ちをする日の釧路駅、佐藤に抱き着き、“また戻ってきていい? ” 少し間があって、“ダメだ、絶対に戻ってくるな! ”スケベジジイの期待を裏切って映画は美しく収まる。最後は二十年以上会ってない息子の結婚式に向かってターミナルから列車に乗る。

全編お決まりの美しい物語、深くはないがイヤ味はない。佐藤浩市の存在感で納得させてくれる。

ただ一つ、この物語の原点である女の飛び込み自殺、これがどうしても引っかかる。それがないとこの物語は成り立たない。気にせず納得して物語を楽しめば良いのかもしれない。しかし引っかかってしまった。

アバンの若き日のモンタージュの中に二人の学生時代の様子があった。タテ看があり明らかに学生運動の部室である。そこで何があったのか。二人は学生運動で挫折? その後男は司法試験を目指し、受かった男に女はお祝いに万年筆を送る。一本の指にだけ塗ったマ二キュアの描写がある。水商売で男を支えていたのか。『戦え、鷲田寛治! 』という言葉だけを残して女は突然姿を消す。重荷になりたくないと思ったのか。その後単身赴任の地で裁判官と被告というかたちで偶然女と再会、縁りが戻り全てを捨ててやり直そうとする旅立ちの駅、女は男の目の前で列車に飛び込み自殺、おそらくアバンの断片から推測するとそんな物語があるのだろう。原作にはちゃんと描かれているのかも知れない。しかしこれ相当想像を逞しくして復元したもの、映画を観ている時には解らない。自殺の納得出来なさだけが気持ちの底に残り続ける。

さらにはこんな「滝の白糸」(例えが古いか) みたいな理由で飛び込み自殺をするものだろうか。

『駅』の健さんはオリンピックの射撃の選手だった。そのまま射撃手として警察に入り、ずっと国を背負っている。目の前で同僚が撃たれて死ぬ。国を背負うこと、身近な同僚の死、雪の中をストイックに彷徨う健さんにはこの二つが通奏低音として鳴り続けている。これがメロドラマの底に基盤としてある。

「ターミナル」のそれが解らない。何故自殺しちゃったんだろうとずっと引っかかりながら話は展開し、遂に男はその呪縛を解き放たれ列車に乗る。

気にしなければ良いのかも知れない。でも話の深さってそこなんだと思う。

その辺を説明すると尺を喰ってしまうということは解る。しかしたった一言でそれを解らせるような言葉を捜すのが脚本家、『戦え、鷲田寛治! 』だけではどうにも解らない。脚本の底の浅さを何とか佐藤浩市の存在感でうやむやにしたということである。

音楽の小林武史、リズムありのEpf、AG あたりかと思っていたら違った。最近の映画には珍しいゆったりとした編集のせいか音楽も付けやすかったのだろう。感情の起伏に即して真っ当に付けた、久々にきちんとした劇伴である。

冒頭に出てくる弦の重い曲と、Claがメインの木管アンサンブルにPfの曲、主にこの2曲で構成。木管の曲が随所に大活躍、効果的である。あて方も上手く行っている。もっと早めにFOしてよいのではというところ、同じフレーズの繰り返し(多分EDIT) がさすがに多いところ、いくつか。でもとっても映像を援けている劇伴である。ラスト近く、結婚式の招待状を前にいくら丼を掻き込むところ、Pfソロがベタに付いていたが、私だったらあそこだけは無しにした。

監督.篠原哲雄  音楽.小林武史