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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.1.7 「マイ・ファニー・レディ」 ヒューマントラストシネマ有楽町

2016.1.7「マイ・ファニー・レディ」ヒューマントラストシネマ有楽町

 

ピーター・ボグダノヴィッチ監督、懐かしい名前。「ラストショウ」の監督。私の青春の1本である。

ブロードウェイのお芝居作りのバックステージをコメディーで描く。

今は映画で成功したらしい女優が彼氏の勧めとかで、ジャーナリストに自分のこれまでを話す。コールガールやりながら女優になろうと思う、親はなれる訳ないなんていう、そんなことを何の屈託もなく話す。女性ジャーナリスト、初めは胡散くさそうに聞いていたが、段々と引き込まれて…

演出家アーノルド(オーエン・ウィルソン)が新作上演の為NYへ来る。ホテルについて早速女を呼ぶ。それが彼女イザベラ“イジ―”(イモージェン・ブーツ)。翌日オーディションにやって来たのが彼女、演技は見事で回りのスタッフは決まりだと言うも彼だけは前夜のことがあるので煮え切らない。主演女優は彼の妻で、相手役の男優とは昔デキていた。脚本家は早速彼女を食事に誘い、一方コールガールとしての彼女に入れ込んだ老弁護士は探偵を雇いストーカー紛いにつきまとう。探偵は脚本家の父親。老弁護士の掛かり付けの女セラピストは脚本家の彼女。みんなに何らかの繋がりがあり、みなさん一同に会するレストランのシーンは抱腹絶倒。舞台はブロードウェイの多分せいぜい1キロ四方。狭いリンクの中で言葉のマシンガンを撃ちまくる。こういうのをスクリューボール・コメディーと言うのだそうである。

その上にボグダノヴィッチらしく、「マイ・フェア・レディ」だの「ティファニーで朝食を」だの解る人が見ればもっとたくさん解るのだろう、パロディーや引用が散りばめられている。おまけにテータム・オニール (懐かしい) やらシビル・シェパードやら、ボグダノヴィッチ作品でお馴染みの面々が何気ないところに出てくる。これも解る人には私の10倍位楽しめるはずだ。

筋はみんなが絡んで複雑、でも話は単純。男と女の浮気心と本気心、そこに芝居を作り上げるという枠を架して、中心にイザベルのノー天気とも思えるくらいの純粋さが一本通る。

役者の出し入れも見事でコメディーとはかくあるべきとやられてグウの音も出ない。

ウディ・アレンに似てなくもない。ただウディ作品が散文的で、どんなにドラマとして作り込んでもどこかにウディらしき人物が心境を吐露しているのに対し、ボグダノヴィッチはドラマとしてその世界で完結している感がある。もっと言ってしまえばウディ作品にはどんなコメディをやろうとどこか皮肉の先に漂うペシミズムがある。この作品はそうではない。だから悪いということではない。そこが大きな違いだと思う。

音楽はまずは「トップハット」から、こういう作品らしく既成曲が散りばめられている。ボグダノヴィッチは陰りが無かった頃のアメリカ映画が本当に好きなのだ。この辺の既成曲についても細かく解る人には私などより何倍も楽しめるはずだ。オリジナルの劇伴と思われるものは印象にない。映画が必要としていない。音楽のエドワード・シェアマー、「チャーリーズ・エンジェル」を始め大変な数をこなしている映画音楽のベテラン。

重箱の隅だがイザベルがエレベーターに乗った時のBGMが「イパネマの娘」のインスト、別のシーンが間に入ってエレベーターに戻った時は別曲(よく聞く有名な曲、失念)、また別シーンが入って戻るとまた「イパネマの娘」、これは何かの意味があったのだろうか。時間経過という訳でもない。私の勘違いかもしれないが。(DVDになったら確認します)

本当は映画は2度見るべきである。音楽もそうだが、話でも2度目で解る伏線がある。一度だけではその映画が持つ面白さは斟酌し切れない。しかし劇場で2度見することは、まずないなぁ。

「マイ・ファニー・レディ」成る程、「マイ・フェア・レディ」でないことが見終わって解った。このパロディの邦題は後で解る上手さ。せめて「マイ・ふぁにい・レディ」とか「マイ・FUNNY・ レディ」にすれば良かったのに。あるいはフェアに×印を付けて上にファニーとするとか。

イモージェン・ブーツという女優、屈託ないノー天気を演じて可愛い。アマンダ・セイフライド以来の魅力的な目玉。

話の締め、結局お芝居はコールガールの話ということで批評家受けは良かったが叔母様方に嫌われて1週間で打ち切り、でも私は偶然出会った映画関係者にハリウッドへ連れていかれて、そこで成功しちゃったというのはとっても良い。今は彼氏でもあるその映画関係者、突然あごのしゃくれた男が台詞も無しにスクリーンを横切った時には驚いた。ネタバレ等全く気にするつもりはないが、これだけは劇場公開が終わるまで書かないことにします。

監督 ピーター・ボグダノヴィッチ  音楽 エドワード・シェアマー