映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.1.11「恋人たち」丸の内TOEI

2016.1.11「恋人たち」丸の内TOEI

 

突然肉厚の男の顔がドアップで、婚姻届を出した時の喜びを語る。カメラは固定したまま。エンタメでない覚悟は出来ていたが、この導入は凄い。ダメな人はこれだけでダメだ。この映画にフォーカスするまで若干の時間は掛かった。何せ美男美女どころか、まあ何とかも出てこない。ずんぐりムックリした男と、完璧なその辺に居るおばさんと、ナヨナヨした嫌味な若造、この三人が主役なのである。しかも余りに素人っぽくて、それがその内ドキュメンタリーの様に見えてくる。橋口亮輔監督、「ぐるりのこと」以来の作品。昔「渚のシンドバット」を見たが「ぐるり」は見てないのでほとんど橋口初体験である。

ずんぐり男にとって受け入れてくれた初めての女性だったのだろう。初めて知った幸福だったのだろう、生きていけると初めて実感したのだろう。それが判断能力無しの通り魔によって意味もなく壊される。通り魔を殺してやる! がそれは出来ない。何とか裁判で罪を認めさせたい。その為に全ての金をつぎ込む。弁護士に金は払っても健康保険料は滞納している。裁判をすることが社会との唯一の接点。妻が殺されたところは描かれない。ひたすら男の精神的にも経済的にも酷い生活がドキュメンタリーの様に描かれる。東京下町、江東区墨田区あたり。

おばさんは夫とその母と三人で暮らす。食事を作り姑に皮肉を言われ、弁当屋のパートに出て、何も喋らないが時々キレル夫のセックスの相手をする。皇太子妃の雅子さんに憧れていた頃が唯一輝いていた。引っ切り無しに煙草を吸う。埼玉か千葉か茨城あたり。

若造の弁護士、前の二人とは違い、所謂勝ち組、都心に事務所を構え、時間5万で法律相談を受ける。ずんぐり男はこいつに相談している。ゲイである。

この三人の諦めかけた日常にさざ波が立つ。

ずんぐり男は弁護士から“やめましょう”と言われる。これ以上訴訟に拘っても傷付くから。誰が? 私が。弁護士に殴りかかるかと思った。しかしそうはせず次のシーンで自分の手首を切ろうとする、が出来ない。風呂場でのこのシーン、切るな!切るな!と祈ってしまった。犯人を殺すことも出来ず裁判に訴えることも出来ず、死ぬことも出来ない。

この男、ハンマーでコンクリートの橋げたを叩くだけでその疲労度を見抜くという特技がある。仕事場は高速道路下の放水路、そこを舟で橋げたを叩いて回る。男がナニモノかである瞬間。放水路が美しく見える。そこに明るい音楽を付けている。

おばさんは、精肉屋の男が鶏を追っておばさんの自転車の後ろに飛び乗り、腰にしがみ付いた瞬間、恋をした。ここが最初の音楽。Pfの短いフレーズとSynの繰り返し。突然CIした音楽は衝撃だった。映画が突然カラーになった。それまでが白黒に思えた。

ピアスをして目一杯のオシャレをしてこれまでの全てを捨てて男の元へ行くも、男はシャブ中結婚詐欺師、スナックママが男を指して“こうなったらお仕舞いよ” おばさんは必死で旦那にプロポーズされた時の話をする。恋は儚い夢だった。

弁護士は、親友の子供にイタズラをしたと疑われている。親友からもその妻からも疑われて、これまでの友情も含めた二人の関係全てが無しになってしまうのか、と電話口で叫ぶ。成功したが孤独である。

そうか、弁護士はともかく、冒頭、婚姻届を書く時の喜びを語るずんぐり男、詐欺師の前で旦那がプロポーズした時の話を必死に語るおばさん、二人は繋がった経験を持っているのだ。

ずんぐり男が弁護士を殴って町に出て衝動的に通り魔となってしまう。その方が映画になる。おばさんはそのまま駅に向かい一人で生きていく道を選ぶ。その方が映画になる。その方がカッコイイ。カッコイイけれど現実と乖離する。現実はカッコ良くないのだ。橋口は映画的カッコ良さを捨てて、地味で無様な方を選ぶ。それでも人生は続く、のだ。心のテンションがピークに達して減衰に転じた時、人の言葉が聴こえる様になる。片腕をロケットでふっ飛ばした職場の同僚の言葉、子供が出来ても良いという旦那の言葉、これらが日常に復帰する力となる。ゲイ弁護士には、離婚やめましたという女の、私の話で泣いてくれた、という勘違いが、案外支えになったのかも知れない。人間は人間との関係性の中でしか生きられない。ピークを超えると一つ優しくなれるのかもしれない。

途中からこの映画をどうやって終わらせるつもりかと気になり出した。事件を起こすしかないか。しかし橋口、事件を起こさなかった。ぬるいかも知れない。何も変わってないかも知れない。しかし現実はそういうものだ。確実に少し前より優しくなっている。そして人生は続く、のだ。青空で終わってホッとした。

音楽は5~6カ所。おばさんの夢、これはPfの短いフレーズにSyn。もう一つは放水路の音楽、これはフォークGにリズム帯が入って軽快。どちらも素朴な音楽。演奏も上手いとは言えない。しかし映画には合っている。違う音楽も考えられるがこの手作り感は良い。入れる所は的確。他に入れる必要はない。ローリングの主題歌、お世辞にも上手いとは言えない。だがこの映画のエンディングに流れるということに於いて、何の過不足もない。これをただ歌として画面と離れて聴いた時どう聞こえるかは別問題。

主題歌も含めた音楽担当の『明星』、男性のシンガーソングライター。ギター、キーボード等。橋口監督とはずっとコンビのようである。

この映画、一見ドキュメンタリーのように見せつつ、相当緻密な演出がある。台詞も動きも全て計算づくで演出されている。素人同然の役者の、演技慣れ寸での所で演じさせている。それがプロの役者の及びもしないリアリティを生んでいる。

脇を固めるプロの役者、安藤玉恵光石研はその後皇室を語る詐欺で捕まったとTVのニュースが流れた。こっちを追うとエンタメの映画となる。安藤玉恵、やたらとあちこちで存在感を発揮してるなぁ。

“オモテナシ”をオチョクッテいたのは嬉しくなった。私なんか半ボケのおっさんが「TOKYO!」といった時に騒いだアスリートやハーフタレントを“オモテナシ馬鹿”と呼んでいる。

監督 橋口亮輔  音楽 明星