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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.2.15 真鍋理一郎さんの命日

コラム

2016.2.15 真鍋理一郎さんの命日

 

作品の感想だけに限ろうと思っていたが、ちょっとだけコラムも書くことにする。

2015年1月29日、真鍋先生は90歳で亡くなられた。先月末でちょうど一年である。

純音楽で多くの作品を残されたが、映画の音楽も200本近く作曲された。コンビを組まれた監督は、川島雄三中平康石井輝男大島渚増村保造浦山桐郎等。大島渚とはデビューの「愛と希望の街」から「青春残酷物語」「太陽の墓場」「日本の夜と霧」を経て「天草四郎時貞」までをやっている。

お家がギリシャ正教会キリスト教徒、生まれたのは神田ニコライ堂東工大を卒業した後、芸大声楽科に入学、その後作曲科に転じたという経歴を持つ。一時声楽科に在籍した位なのでバリトンの良い声、「ああ! 馬鹿」(1969 東宝)ではタイトルバックの歌を自ら自演している。「ゴジラ対へドラ」(主題歌『帰せ太陽を!』含む)等の特撮物から「青春の門」等の文芸物まで幅広く担当した。

彫りの深いエキゾチックな風貌、バカ丁寧な物言い、私如きにも敬語を使う。しかしひとたび地雷を踏むとギョロリと眼光鋭く睨み、強烈な皮肉が返ってくる。その落差があまりに大きかった。地雷の在処は本人でないと解らない。

私は1978年、「日本の映画音楽 真鍋理一郎の世界」というLPレコード(CDではない)を作らせて頂いた時が初めてである。その後折に触れてお会いしたが、映画の音楽でご一緒させて頂く機会はなかった。

公私ともに波乱万丈の人であった。浦山監督と真鍋先生のお酒にまつわるエピソードは驚愕ものである。

2015年4日18日、直接先生と接せられた方々にお声掛けして「忍ぶ会」を行なった。

小栗康平さん(「青春の門」チーフ助監督だった)、白鳥あかねさん、中野昭慶さん(特撮監督)等多くの方が集まった。伊福部門下、芥川也寸志黛敏郎、松村禎三、石井真木等、みな鬼籍に入り、古弟子会の最期の人だった。

2000年5月、真鍋先生が映画音楽に付いて記した文章より一部抜粋する。

 

「最後に一つ、映画音楽作曲家に個性はあるのか、という問題です。フェデリコ・フェリーニ作品の音楽を担当したニーノ・ロータという人がいます。『甘い生活』も『8 1/2』も彼の音楽です。他にも彼は『太陽がいっぱい』や『ゴッド・ファーザー』などを作曲しています。これらの音楽の間に、スタイルとしての同一性があるとは思いません。

求められた音楽の様式のどれでも書かなければならない。いや書けなければいけないのではありませんか。

求められるあらゆる様式の音楽を書く能力を持っているのが、映画音楽作曲家だと考えています。ですから、不器用な確信犯型の芸術家には、映画音楽は向いてないと言うべきでしょう。」

 

それでも真鍋さんは芸術家だった。