読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.3.4 「マネー・ショート 華麗なる大逆転」 Tジョイ大泉

洋画

2016.3.4「マネー・ショート 華麗なる大逆転」Tジョイ大泉

 

リーマンショックをいち早く予測して、空売りを浴びせ、大儲けをした4人の男、原作はこの男たちのノンフィクションだそうである。相当面白いはずだ。それを映画にする? ノンフィクションはノンフィクションのままドキュメンタリーにすれば良い。NHKスペシャルである。実現すればこれも相当面白い。しかし出たがらない人がいては成立しない。ならば再現ドラマ、役者に演じさせて映像として再現する。これは本物ではないからリアリティに欠ける。TVでは何とかなるかもしれないが、映画となると… ならばリアリティを出す為に虚構を加えれば良い。経済システムも解りやすく映像で説明する。それでも映画として不特定多数を相手に2時間を持たせるのは大変だ。スターに演じさせよう。そしていっそのことコメディーにしては?

以上、勝手な想像。

結果としてアカデミーの脚色賞 (チャールズ・ランドルフ、アダム・マッケイ) を受賞した。ノンフィクションをここまでのエンタメに作り上げたのは大したものである。そしてそれをさらに演出が一気呵成のジェットコースターにした。

マイケル (クリスチャン・ベール) は絶えずイヤフォンでヘビメタを聴く。会社の彼の部屋ではヘビメタに合わせてDrを叩く。映画はイヤフォンの音を大音量で画面上へ流し、それに合わせたDrの音も加わる。時に電話やら、人の入室やらで乱暴にCO、また乱暴にCI。目まぐるしい。マーク (スティーブ・カレル) は相手かまわず所かまわずしゃべり続ける。ジャレッド (ライアン・ゴズリング) はいつもトレーニングジムに居て、その喧噪の中から電話をしまくる。ベン (ブラッド・ピット) だけが隠遁者の如く静か。

彼等、実はみんなヘッジファンドやらバンカーやらウォール街の住人なのだ。しかしそこのはみ出し者たち。服装もスーツ姿の主流派に対しラフで薄汚い。この男たちがサブプライムローンを組み込んだモーゲージ債の破綻を見抜いてCDSを買いまくる。この辺、CDS等、良く分からない。賞味期限切れの食材を有名シェフが料理して三ツ星レストランの料理になったり、格付け3Aが半分以上占める債権の中にBやCの債権を紛れ込ませて、B、Cが崩れると全体が崩れる積み木の比喩、突然カジノにジャスティン・ビーバーの元カノが出てきて説明する、勝負する者だけでなく見ている側に一気に何倍もの掛け率の掛けが拡がる例え、どれも一瞬成る程と納得するも、それと経済を関連付ける暇もなく、映画はガンガン進む。編集はスピーディー、乱暴、音楽はヘビメタ、Drガンガン、既成曲次から次にガンガン、考える暇なく、ただ格付け会社も含めたウォール街のインチキの爆発に向けて猪突猛進する。中々破綻しないで資金的に苦しくなるという、少しの勿体は付けるが。

リーマンショックはちゃんとやって来た。彼等は大金を手にする。マークはこれで良いのかと自問する。しかしこの映画、基本的には成功譚なのだ。異端のウォール街住民が正統派をやり込めた、ということだ。

先にブログ(2/8) にUPした「ドリームホーム」という映画があった。こちらはリーマンショックで家を失い人生を翻弄される末端の話である。サブプライムローンの実態を掴もうとフロリダへ行くシーン、そこにはまさに「ドリームホーム」の主人公の二人そのものが居た。英語も解らない移民に家を売りつけると嬉しそうに話していた。

「ドリームホーム」は人間が主役である。リーマンショックでズタズタにされた人生を生きる人間の話だ。邦画では「ハゲタカ」がある。これも経済システムに翻弄される人間のドラマだった。

「マネー・ショート」は4人の人間ドラマに踏み込まない。主役は金融システムだ。それを解らせる為にスターが演じる。出来るだけ狂った経済システムをそのまま描こうとする。それはとっても成功している。

確かミヒャエル・エンデが“諸悪の根源は利子が付くということである”というようなことを言ったような、不確か。しかし、今更牧歌的経済には戻りようもない。“信用”の名の下にブクブクに肥大したバーチャル&ゲーム経済、頭の良い奴が次々に新しい金融商品を生み出していく。ウォール街が生み出したものは世界に拡がり、あっと言う間に日本にも伝播する。情報が瞬時に世界を繋ぐ今の世、鎖国も出来ない。肥大した経済の末端は壊死し、ある日心臓麻痺を起こす…

「マネー・ショート」はぜひ「ドリームホーム」と対で見てほしい。リーマンショックの上層と下層が解る。そしてアメリカが解る。

 

音楽はどれが既成曲でどれがオリジナルか解らない。従来の映画の音楽の付け方考え方は通用しない。シーン途中でCIしたりCOしたり、乱暴この上ない。映像もそうだから合っている。絶えず何かが鳴っている。ほんの数カ所、素になる所があり、これは効いていた。

明らかに作曲家によるオリジナルの劇伴が何カ所か。Pfと多分Synの静かなサスペンス。4人が追い詰められるところに流れた、不確か。

監督.アダム・マッケイ  音楽.ニコラス・ブリテル