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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.3.8 「マッドマックス 怒りのデス・ロード」 丸の内ピカデリー

洋画

2016.3.8「マッドマックス 怒りのデス・ロード」丸の内ピカデリー

 

ようやく観た。大きなスクリーンで観られて良かった。これこそ大画面大音量で観ないと魅力は半減する。

セットも車も火薬もスタントもかつてより数段アップ、そこにCGが加わり、これぞまさに映画でしか表現し得ない世界を作り出す。映画における見世物性を究極まで追求拡大して映像化した。バイオレンスとエロティシズム、見世物性はこの二つの言葉に尽きる。

バイオレンスは圧倒的、凄い車を作り、凄い衣装を考え、沢山の人と車が危険この上ないアクションを繰り広げる。それを移動、空撮、地表からのローアングル等、ありとあらゆる撮影テクニックを駆使して撮る。もちろん砂漠を隊列組んで疾走するタンクローリー、装甲車、バイクの大ロングも随所にある。砂漠、太陽、嵐、水、これらの大自然は重要な背景である。

フュリオサ役のシャーリーズ・セロンが、坊主で片腕、汚い戦闘服に身を包み、顔は汚れで薄汚い、それでも圧倒的に美しくてエロい。カメラは戦闘服でも分かるプロポーションの良さをしっかりと押さえる。一緒に脱出した支配者イモ―タン・ジョーの女たちの場違いな薄物纏っての肌の露出、それもエロいけど、シャーリーには適わない。

話の設定として面白かったこと、支配者ジョーが高齢であること、自分の子孫に拘っていること、パパ! パパ!と言うほとんど頭脳だけのような車椅子の障害者の息子が居ること、皺くちゃのジョーの妻が1シーン出て来てジョーを罵ること、シャーリーの故郷、今は砂漠になってしまった緑の国を守る『デンデラ』みたいなシワシワ婆さんたちがワイルドなこと、ジョーの戦闘員ウォーボーイはほとんどイスラム国の戦闘員のようでハイオクの血液を輸血しない限り寿命は短いこと、こんな細かいアイデアの集積がこの架空世界のリアリティを作っている。

フュリオサの肘から先がない片腕と、彼女がジョーに向けた目線だけで、この二人にかつて何があったか、フュリオサがこれまでいかに戦ってきたかが暗示される。だからこそ孕み女も含めた5人のジョーの女たちはフュリオサとの脱出を決意したのだ。マックス(トム・ハーディ)は端正な顔立ちでカッイイ。しかし今回の主役はフュリオサ、そして女たちだ。目覚めて自立する女たち、マックスはそれを支える。

音楽は戦闘シーンになると、和太鼓を櫓状に組んだような車が登場してドンドコと叩いて突撃!と煽る。先頭の車の舳先では派手なEGを持ったヘビメタロッカーがクレイジーに演奏し、EGの端からは炎が噴き出る。劇画を実写でやっている。それらの音を生かしつつリズム主体の音楽、炸裂する効果音が主役なので特にメロディ感はない。しかし戦いも終盤に差し掛かるとホルンがしっかりと鳴ってスペクタクル感を作る。オケは大編成。後半の戦いではしっかりと弦が聴こえていた。あれだけの音量の中でしっかりと聴こえるのは大したもの。上手いミックスである。細かいオーケストレーションをしているのかも知れない。しかし映画ではそこまでは解らなかった。サントラを聴くしかない。

音楽のジャンキーXL、リミックスで有名な人らしい。トム・ホルゲンブルグの名で「ブラック・スキャンダル」もやっている。「ブラック~」ではメロを弦でやるだけという感じでオケは使うも画面に合わせたきちんとした劇伴ではないなあと思った。「マッドマックス」は全く問題無かった。残るメロはなかったがサウンドとしてはオケもロックも上手くいっていた。きっと良いオーケストレーターが居るのだ。「X-ミッション」も「バットマンvsスーパーマン」もこの人らしい。大作が続く。リミックス世代のハンス・ジマーか…

途中、わらべ歌のようなどこかのトラディッショナル風な歌を誰かが口ずさんだ。誰だったか。それがとっても日本テイストのメロディだった。我が記憶力の劣化。解った人は教えてほしい。

アカデミーの美術、音響編集、録音、編集、衣装デザイン、の各賞を受賞。作品、監督、撮影、メイクヘアスタイリング、はノミネートだった。撮影こそ逃したが、技術部門はほぼ総なめである。お金の上に知恵も絞り、技術部門が持てるものを総動員し、果敢に挑戦した結果である。

 

監督.ジョージ・ミラー  音楽.ジャンキー・XL