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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.3.13 「ブルージャスミン」 DVD 

洋画

2016.3.13「ブルージャスミン」DVD 2014.5.10公開

 

ケイト・ブランシェットという女優を良く知らなかった。「キャロル」を観て急ぎこのDVDを観た。

NYのセレブ、社交界の花形だった女、夫はITなのか金融なのか分からないが、ほとんど詐欺同然の行為で富を築き、寄付もし、大学に招かれて金融論の講義もした、そんな生活続く訳がない。夫は逮捕、獄中自殺、妻はノイローゼ、エジソン療法とかの電気ショック、あらゆる治療を施すもダメ、独り言を言い続ける。心機一転、妹を頼ってサンフランシスコへ引っ越してくる。

この映画のファーストカットはアメリカ大陸を横断してNYからシスコへ向かう飛行機。その中でジャスミン(ケイト・ブランシェット)は一人自分のことを喋りまくる、隣の老婆にお構いなく。ウディ・アレンのお喋りは毎度のことで、またいつもながらと思う。快調な滑り出し。

お互い里子の妹ジンジャー (サリー・ホーキンス)、容姿も頭も良いジャスミンは妹とは遺伝子が違うが口癖。NYセレブが抜けきれない女がシスコ庶民生活の中にいかに溶け込めるか。映画はそれをコメディ仕立てで描きながら、折に触れてNYのセレブ生活とジャスミンの今日までの日々が無造作にしかし違和感なく挿入される。ワイプなど使わない、カットでバサッ! 音楽で違いを出す訳でもない。それが自然に流れる。

結局庶民生活には馴染めなかった。結婚までこぎ着けそうになった政治家の卵とも嘘がバレて壊れた。妹の家も追い出された。ベンチに座ってジャスミンはしゃべり続ける。目は座っている。夫も家族も子供もお金も友達も、何にもないジャスミン。

音楽はブルース、女声のVocalやClaがメロを取る、どれもレトロな感じ、絶妙に付けている。多くはないが、ここぞというところに。途中で音楽COして、要所を素で聴かせた後、平気でそのまま戻ったり。理屈ではなく感覚で。絵の繋ぎ音楽の付け方、楽しそうにおもちゃをいじる様に弄んで好き放題。変幻自在とはこのこと。Claが絶妙に入ってきてオリジナルの劇伴かと思ったら次のシーンでVocalが入ってきてその曲のイントロだったり。

音楽家のクレジットは無い。ということは全部既成の有り物音源か。インスト何曲かはオリジナルかと思ったがそれも既成曲だったよう。この職人技、言うこと無し。

ケイト・ブランシェット、すらりとしたプロポーション、美人というより気高い知性と言った方が良いこの女優、その人がチャラチャラとしたNYセレブから最後は目が座って明らかに正常ではない女を演じる。それもコメディタッチで。コメディの中に包み込んだシリアスが少しづつ増えていき最後は凍り付くような孤独である。そこに平気で“ブルームーン”をぶっつける。この曲、夫のハル(アレックス・ボールドウィン) と出会った時に流れていた、いわば彼女のこれまでの幸せの象徴。

ジャスミンは夫の浮気もビジネスがいかがわしいことも薄々知っていた。けれど夫が留学生のフランス小娘に本気となり離婚を切り出されるなんてことは想像だにしなかった。ジャスミンの全否定。思わず夫のことをFBIにリークしてしまうのだ。一番計算高く生きて来たはずの人が一番衝動で生きる計算の出来ない人だった。政治家の卵につく嘘だって計算があるとは思えない。妹の方が遥かにしたたかだ。だからこそこの高慢ちきな女をどうしても憎みきれないということなのか。

ブルーなジャスミン、まるで映画全体が一曲のブルースのようである。

80に喃々とするウディ・アレン。ハルが離婚を切り出した時、ミア・ファローを捨てて養子の韓国少女(? 確か十代)と一緒になった経験がどんな形で反映されていたのだろう。

女も男も幾つになってもいい加減でスケベで、平気で嘘をつく。人間は最期まで何をするか解らない。

ケイト・ブランシェットのオスカーは納得である。

 

監督.ウディ・アレン