映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.3.16 「マジカル・ガール」 ヒューマントラスト有楽町

2016.3.16「マジカル・ガール」ヒューマントラスト有楽町

 

12歳の頭を短髪にした華奢な少女アリシアが突然セーラームーン (私はこの手のキャラ、これしか知らない、もっとジャストなアニメがあるのだろう) の様な格好をして長山洋子の「春はSA-RA ,SA-RA」に合わせて踊ったのには驚いた。ガバッと掴まれた。

あの杖、懐かしい。娘から、誕生日プレゼントにレインボームーンカリスが欲しいと言われ、何のことやらさっぱり分からないまま博品館に買いに行ったっけ。“月に向かって、お仕置きよ!”の相手をさせられたっけ。遠い遠い昔…

(多分セーラームーンではないのだろうが、“魔法を使える少女“という意味さえ解れば大きな見当違いにはならないと考えた)

そしてあのサウンド、打ち込みDrで人工的にガチガチに作ったあの頃の歌物のサウンド、ひたすら懐かしい。

少女は白血病、望みは、変身すること、「魔法少女ユキコ」のコステュームで踊ること、13歳になること、こんなこと書いたノートを見たら、父親としてはどんなことがあってもコステュームだけは買ってあげたいと思うはずだ。ところが特注一着だけのもの、ヤフオクならぬネットショップ「RAMPO」で検索すると超高い。失業したばっかりの高校教師ルイスには無理だ。そこで宝石店を襲う決意をしてブロックを持ってショウウィンドウの前に立つ。ガラス越しの内と外の切り替えし。確かBGMが流れていた。音はその都度フィルターを掛けて内外の違いを出す。音楽、一定にして盛り上げヤルゾヤルゾのサスペンスを強調する手がある。しかしこの映画はあくまで現実音としての処理、作為演出を施さない。そこに天から突然ゲロが降って来た。何た、これ?

一方にバルバラという少女、学校で教師ダ三アンに咎められている。悪口を書いたメモをよこしなさい!  バルバラが差し出した手を開くとあるはずのメモは消えている。

バルバラは大人になっていてインテリの彼氏と一緒に住んでいる。無機質でシュールな部屋。テーブルや椅子の配置、卓上の果物などシュールレアリズムの絵画の様。バルバラは彼氏からきちんと薬を飲むよう言われる。どうも精神を病んでいるようだ。彼氏が居ない時、薬を纏め飲み (初め自殺かと思った…) して窓からゲロを吐く。

ここで二つの話が交わった。この時間軸の動かし方、A・G・イニャリトゥだ。ところがその後は違っていた。

ゲロの詫びにバルバラの部屋に招き入れられるとそこで彼女に誘惑されて一夜を過ごしてしまう。それを携帯で録音していたルイスはすまないと言いながらコステューム代の為に脅迫する。バルバラは金を作る為に秘密クラブで怪しげな仕事をする。

指定された郊外の屋敷、そこに向かう途中のカーラジオからの歌が効果的だ。ジプシーのような民族音楽テイストの男のVocal。屋敷には車椅子の初老の紳士が待ち受けていた。知的だがアブノーマル。体を点検される。前を肌けたバルバラの綺麗なこと、しかし鞭のような無数の傷が。その辺余計な説明はない。その後の秘儀の描写もない。一気にルイスがお金を数えるところにつなげる。その金でコスチュームを買った。しかし杖がない。杖がないと魔法が掛けられない。そこでまたバルバラを携帯電話で恐喝することになる。

今度の金額は前より高い。バルバラは斡旋者の制止も聞かず、「黒蜥蜴」の絵を記した部屋へ入っていく。そこで何が行われたか、描写はない。

包帯でぐるぐる巻きのバルバラの下にダ三アンが駆けつける。消え入るような声で、脅されていたこと、ルイスという名であることを言う。

ダ三アン、元数学教師、少女のバルバラからメモを取り上げようとしたらそれが消えていたというあの男。長く服役していた。良識と理性を絵に描いた様な人。刑務所でも尊敬されていた。出所することを恐れていた。出所してからもバルバラからの電話を恐れていた。一人でジグソーパズルに没頭する。中央の1ピースで完成という時、その1ピースが無い。どこを探しても無い。

少女のバルバラと数学教師のダ三アン、包帯で巻かれ瀕死のバルバラと出所したダ三アン、その間の月日に何があったか、映画はそこを描かない。ストーカーになったか。誘拐して閉じ込めてSMの調教をしたか。いずれにしろダ三アンはバルバラの下僕となった。魔法を掛けられた。刑務所でようやくその呪縛から逃れられた…

女王様の命に従い、マタドールの如く正装したダ三アンはルイスを探し出す。カフェで向き合って経緯を聴く。誘惑されてバルバラと一夜を過ごした…、良識の塊の様なダ三アンはそれを聞いてルイスの眉間を撃ち抜く。

アリシアはコスチュームと杖で魔法少女になれた。そこに現れたダ三アン、携帯電話を受け取った後、ダ三アンはアリシアを撃つ。但しこの描写は無く、音だけ。

我々には登場人物それぞれの事情が解っている。アリシアに余命がないこと、ルイスの必死の気持ち、バルバラもダ三アンもそれを知らない。全ての関係を俯瞰出来ている我々には後味の悪い結末である。

病院に戻ったダ三アンは、もう安心とばかり携帯電話をバルバラに渡す。受け取ったバルバラの手が開くと携帯電話は無い。

全てはバルバラの魔法なのか。メモの消失、パズルの最後の1ピースの欠落、携帯電話の消失、理性の人ダ三アンは最期の欠落を埋めることが出来ない。理性の行きつく所、曰く不可解? それが魔法?

アリシアは死ぬ前に魔法少女になれた。だから撃たれても死んでない?

色んな深読みが出来る。

映画に描かれた通り、それ以上でも以下でもない、後で考えることもない、絵面が全て、そういう映画はつまらない。巨大な電気紙芝居だ。さりとて放っぽり出し方が余りに唐突だと戸惑ってしまう。私はこの映画、戸惑った。肝心な所を欠落させたまま引っ張っていく話の展開は緊張を強いて、飽きない。欠落を自分で埋めつつ、話を追うという見方は疲れるがスリリングである。そういう点で良く出来た脚本であり、良く出来た映画である。しかし戸惑いは残る。それが今だに尾を引く。

 

音楽は全て既成曲の様だ。クレジットを読み切れなかったので確認は出来ていないが。どれもラジオだったりBGMだったりカーステレオだったり、劇中の音楽をボリュームの変化で劇伴のように使っていて、その辺は上手い。オリジナル音楽を作って説明的になるのを避けたのだろう。

エンドロールの音楽は美輪明宏の「黒蜥蜴」のインストだそうな。原曲を知らないので何とも言えない。

監督 カルロス・ベルムト