映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.4.10 「さざなみ」 シネスイッチ銀座

2016.4.10「さざなみ」シネスイッチ銀座

 

イギリスの片田舎に引退して静かに住むケイト (シャーロット・ランブリング) とジェフ(トム・コートネイ) の夫婦。静かな田舎の風景が美しい。結婚45周年のパティ―をひかえた、その前一週間の物語。子供は居ない。犬を飼っている。知的で静かな生活。キルケゴールに三回目の挑戦なんてところをみるとインテリである。

ジェフにはケイトと結婚する前に彼女がいた。一緒にスイスアルプスに行き、彼女は氷河のクレバスに落ちて亡くなった。このことをケイトには話してなかった。氷河の氷の中から何十年ぶりかで遺体が発見されたと手紙が来る。結婚前の遠い過去、その手紙が二人の間にさざなみを起こす。

手紙を開封するリビングでのシーン、さりげない描写に、つい軽く流してしまう。ことの発端、もう少し解るようにしてほしかった。かと言って変な強調はこの映画のトーンをぶち壊す。英語が解れば微妙なニュアンスが解ったのかも知れない。字幕の限界か。実は何か要領を得ないジェフの受け答えに、軽い痴呆を患っているのかな、なんて思ってしまった。予備知識なしで観たので。恥ずかしい勘違い。

初めは気にしないケイト、ジェフが一人でロフトの古いスライド写真を観るあたりからわだかまりが大きくなっていく。もし彼女が死ななかったら結婚した?という質問にYesと答えるジェフ。少しずつ変化する心理をシャーロットが見事に表現する。逆に忘れていた過去が突然蘇って動揺したジェフだったが、ケイトに出会えたことを感謝し、45年を素晴らしい日々だったとパーティーで挨拶し、涙を流す。

挨拶の後、プラターズの「煙が目にしみる」に合わせて二人はみんなの前でダンスをする。抱き合うケイトの手から少しづつ力が抜けていく。絡めていた手がスッと抜けるところで映画は終わる。

この後、この夫婦はどうなるのだろう。怖い終わり方である。

ネットで見たら、死んだ女性が妊娠していたと書いてあった。確かにスライドの女性のお腹はちょっと気にはなった。スライド映像は鮮明ではなかったので、そのまま気に留めず流してしまった。それに妊娠している女性とアルプスの氷河へ行くだろうか。妊娠説はストンと納得という程ではない。

しかしもしそうだったとしたら… そしてジェフはケイトとの間に子供を望まなかったとしたら… 45年の意味は随分違ったものとなってくる。見落としたかもしれないが、それを匂わす会話は無かったように思う。

言われてみると、冒頭には元教え子との出産を祝う会話、途中友人の娘とその孫の写真を巡っての会話。子供と写真。ジェフは昔は写真を撮ったらしい。ロフトに確かヤシカがあるなんて会話も出てくる。ケイトとジェフの写真はほとんど無い。

一旦起きてしまった猜疑心は止まらなくなってしまう。45年を共有した者同士であってもだ。映画はそれを本当に本当にデリケートなミステリーの様に描いていく。毎日の生活に変化はない。決まった時間に朝食を取り、何気ない会話を交わす。その時のシャーロット・ランブリングの顔の本当にデリケートな違いがこの映画を成立させている。そして最後に猜疑心は「煙が目にしみる」で踊りながらの、腕の振り払いでピークとなる。

それでも人生は続く。溝は決定的となり別れるのか。二人でスイスへ行って氷の中の遺体と対面するのか。二人には45年という月日がある。一方で初老の二人に先は長くない。

先はそう長くないし、確かに初めは元カノの死後は余生という位に思ってたけど、何だかんだ言いながら45年間もやってきて、急に忘れていた大昔から手紙が来て、一瞬若き日を思い出して動揺しちゃったけれど、やっぱり何といったってお前とは45年もやってきたんだし、今はそれが全てだ、ありがとう! と涙を流す夫と、先があろうと無かろうと起きてしまった猜疑心はどこかに着地させなければならないと考える妻。

二人でスイスへ行って、花を手向けるような続きであってほしいが…

音楽、全編既成曲。カーステレオの音、家のラジオ、全て劇中の現実音としての処理。それを時にレベルで演出的に使う。世代はほぼ私と同じ、ポピュラーは懐かしい。クラシックも随分出てくる。しかし音楽として存在感があるのは、ケイトが弾くPfのクラシックとプラターズの「煙が目にしみる」、特に後者。

もしオリジナルの音楽を付けるとしたら、ケイトの心情に則してか。ケイトの複雑な表情に合わせるとサスペンスが強調されてしまう。作り物感を漂わせてしまう。この映像にどんな音楽を付けても何かの感情を浮き立たせてしまうことになる。せいぜい頭とお尻、この映画を「イギリスの片田舎で暮らす初老の夫婦の物語」とする額縁のような音楽を付ける位である。エンドにはプラターズがある。してみると既成曲のみでの音楽演出としたのは大変な見識だと思う。

 

監督 アンドリュ―・ヘイ  オリジナル音楽、無し