映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.4.22 「リップヴァンウィンクルの花嫁」 Tジョイ大泉

2016.4.22「リップヴァンウィンクルの花嫁」Tジョイ大泉

 

岩井俊二は苦手である。映画の内容というよりも、如何にも山の手インテリ小ジャレてハイセンス、今時女子の受け要素で固めて、caféよりも居酒屋下町ノリの当方とは意匠が違う。今回も“リップヴァンウィンクル”と来た。思わせぶりのカタカナは必須だ。

派遣教員の七海 (黒木華) はか細い声で自己主張も無い。自信無くフワフワしている。友達も少ない。他者とのコミュニケーションは携帯。その七海がネットで知り合った男とトントン拍子に結婚することになる。今や伴侶もネットで手軽に探せるのだ。男の方はしっかりと固まっている家族、七海の方は母が若い男に走って離婚している。式の参列者の員数合わせで、これもネットで便利屋に頼んでバイトの参列者を揃える。式は滞りなく終わる。

この時、ネットで見つけて頼んだ便利屋安室 (綾野剛)、“困ったときは何でもご相談下さい”

確信もなく始まった新婚生活。部屋からピアス、夫の浮気?  安室に相談。浮気相手の夫と称する男が現れて言葉巧みにホテルに連れ込まれる。まるで安手のAV。安室さん助けて!  助けてもらう。男と安室は通じていた。

ここまで延々結婚式やらマザコン夫やら母親やら、違和感一杯の描写が続く。私にとって違和感、だが七海にとっても違和感なのだ。あとで解った。ここでたっぷりと違和感を沁みこませていないと次の展開のエネルギーが出てこないのだ。しかしここまではちょっと辛かった。

これ全て仕掛けられていた? 旦那の母親に? 狙い通り離婚となったのだから母親の企みなのかもしれない。安室は依頼通りの仕事をした? 安室って何者?

困った時の神頼み、困った時の安室頼み、七海にとって困った時に助けて!と言えるのは安室だけ。携帯で連絡すると直ぐ来てくれる。安室は現代の神様、というより神様の使いッパ?、人の運命を上手~く操る。

離婚し追い出された七海に仕事を世話する安室、その胡散臭さ、手八丁口八丁、ほとんど女衒、昔なら女郎屋に売り飛ばされる。今や神の使いは一番怪しげで胡散くさい姿で現れるのだ、携帯を通じて。

 

七海はネットで家庭教師をしている。相手は引き籠りの小学生。週一だかでPCを通して行う。PCの前の七海、少年の声だけが聞こえる。一度は辞めようとしたが母親に懇願されて続けている。このやり取りが時々入ってくる。これが不思議な清涼感を作る。ここにだけはブレない教師としての七海がいる。数学の話などをする。少年は、先生疲れているんじゃないですか、なんて言ったりする。このPCの向こうの少年、もしかしたら神様かも知れない。

 

安室紹介の結婚式の疑似家族のバイト、終わった後なんか親近感が湧いてみんなで居酒屋で盛り上がる。とっても良いシーンである。山田洋次の映画には絶対に有り得ない。ここで七海は真白 (Cocco) と知り合う。

次の安室バイトはオーナーが不在中の西洋風豪邸の掃除婦兼メイド兼留守番だった。真白も同じ。二人の豪邸での同居が始まる。それは非日常の少女に戻った夢の様な時間だった。

これも安室 (メフィスト? エンジェル?使いッパ?) の企みだった。依頼主は真白。癌で余命を知ったAV女優真白が安室に依頼したものだった。ある朝、真白は七海の脇で寝ているように死んでいだ。先のバイトの疑似家族が集まって本当の家族の様に悲しんで送った。

葬儀にも来なかった真白の母 (りりィ) を安室と七海が訪ねる。安室が手慣れた手付きで書類を出し、真白が残したお金を母親に差し出す。現金が生々しい。墓も任せるということで安室はここから墓代を引く。お金は物の対価ではない。感謝の気持ちの対価なのだ。疑似家族のバイト代、豪邸のメイド代、真白が母に残したお金、どれも感謝の気持ちの現れ。安室は依頼主に合わせて運命のシナリオを書き、それを実行してそれぞれから感謝の気持ちとしてのお金を貰い、支払う。そうか、お金は感謝の気持ちの視覚化だったのだ。経済って感謝なんだ。物の対価から便利さの対価になって、ついに感謝の対価になったのだ。

真白の母は素っ裸になって、他人様の前で裸をさらして生きた娘を罵倒し、泣きながら酒を飲む。それを見ていた安室は突然嗚咽して、調子よく合わせるように裸になり、泣きながら酒を飲む。この綾野が微妙に嘘っぽくて良いのだ。七海もそれを見ながら酒を飲んだ。

七海の、広い世界への新たな旅立ち。アパートは安室が捜してくれた。家具も廃棄物を集めてくれた。硬い握手を交わす。何かあったらいつでも連絡下さい。神様の使いッパの一仕事が終わった。

 

黒木華Coccoも良い。でも綾野剛が圧倒的だ。機敏で機転が利いて胡散くさくて生活感無い架空のリアリティ。小知恵が利いて小悪党。これを演じる綾野に違和感がないから物語が成立している。

音楽はほぼクラシックの選曲。前半は説明的で付け過ぎ。しかもどれも良く耳にするお馴染みの曲 (曲名解らず。クラシック好きなら直ぐ解る。解らなくてすいません)。最後の方でこの為に新録音した曲。シンプルなテーマメロで、クラシックの既成メロか、オリジナルか。クラシックである種の格調とリアルではない世界観を作りたかったのだろう。それは成功していると思う。オリジナルのテーマが通っていればとも思う。難しいが。

原作・脚本・監督・録音ミックス・岩井となっていた、確か。クラシックの選曲と音楽の貼り付け、ダビングも一人で好きなようにやったのだろう。それでないと出来ないテイストの映画である。

七海、安室、真白という役名にはそれなりの講釈がありそうだ。

3時間、長さを感じず。人を信じたくなる。岩井俊二、ちょっと好きになった。

 

監督  岩井俊二   音楽 桑原まこ