映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.5.18「ボーダーライン」 角川シネマ有楽町

2016.5.18「ボーダーライン」角川シネマ有楽町

 

カナダ人、ドゥニ・ビルヌーブ、「灼熱の魂」の監督。中東のどこか、民族と宗教が対立して引き起こした混沌、そこで人間の尊厳やら命の大切さやら親子の繋がりやら、人類が築き上げた共に生きていく為のルール、それらが木っ端みじんに打ち砕かれた世界を描いて圧倒的だった。

今度はアメリカとメキシコの国境地帯、麻薬組織との戦いを通して、命の尊厳って何? という世界を描く。人類、特に西欧が築き上げた理念に匕首を突きつける。

麻薬組織が支配する国境地帯に命の尊厳など無い。いとも簡単に殺し殺される。フアレスの街には見せしめの為に高速道路の下に死体が吊るされている。そんな中で人間は生活し、簡単に死んでいく。空撮が黄ばんだ大地にへばりつく家々を映し出す。異様な表情の砂漠を映し出す。この風景の中では仕方ないのかと納得させられてしまう。夕景の地平線の雲と金色の光は人間をあざ笑うかのように綺麗だ。

 

FBIのケイト(エミー・ブラント)が、一癖も二癖もありそうな男どもの訳アリなプロジェクトにスカウトされる。麻薬組織絡みの犯罪を大元から絶つという超法規的プロジェクトである。そこにはサンダル履きのリーダー(ジョシュ・ブローリン)と訳ありげなアレハンドロ (ベニチオ・デル・トロ) が居た。作戦の説明はない。着いて来れば分かる。黒い5台の車で国境を超えてメキシコへ。それを追う空撮や車の移動撮影が素晴らしい。国境の様子、そこに生活する人々、ほとんどが麻薬組織に関係していて警察も例外ではない、国境もフリーパスで超えるこの作戦がかなり上の承認によるものであることが解る。

人質を拘束して戻る国境越えの高速道路、渋滞に巻き込まれた時、リーダーもアレハンドロも容赦なく組織の者らしい回りを撃ちまくる、普通の人々がいる中で。国外、銃使用の承認も何もない。規則に従い任務を遂行してきたケイトには衝撃だった。ケイトも我々も規則の下に生きている。それが無力なことがケイトを通じて少しずつ我々にも解ってくる。銃使用規定は? 自由射撃! ほとんどジョークである。

「灼熱の魂」もそうだった。この監督、ルール果つる所を描く。ルールを守り守られて生きているのは世界のほんの一部なのかも知れない。人間の尊厳が守られるなんて先進国の一部なのだ。少なくとも砂漠では通用しない。「灼熱の魂」もこの映画も。「アラビアのロレンス」だって砂漠で狂気となったのだ。

 冒頭、Sicario (殺し屋) というこの映画の原題の説明タイトルの黒味から太鼓の音が低く不気味に入ってくる。まるで「七人の侍」の様である。「七人」は男性コーラスが重なってくるが、こちらは金管の低音とSynの重低音が重苦しく入る。太鼓は大きくなったり小さくなったり、いつの間にか無くなっていたり。

5台の黒い車の国境越え作戦、車の音、それを空からサポートするヘリの音、空撮が捉える不気味な砂漠とフアレスの街、太鼓と低音Synの音楽が効果音と絡み合いながら一連のカットを纏め上げていく。画面と相まって息をも尽かせぬ。砂漠の空撮や大ロングのカット頭にはちゃんと強い音を付けて展開をスムーズにしている。これほど見事なアクションの音と映像、めったにない、

この音が無くなった時の落差の演出がまた見事である。冒頭ケイトたちFBIの人質奪還 (全員殺されて蝋人形の様になっていたが) の戦闘シーンから一転、ケイトを特殊任務にスカウトするかどうかを検討するガラス越しの会議、後ろにSynは薄く這ってはいるがほぼ素の静寂、この落差は上手い演出である。

音楽はサスペンスを強調するだけでなく、キャラクターの心理描写も担っている。飛行機の中で寝入っていたアレハンドロが突然悪夢に憑りつかれたように飛び起きる。ここには高音の神経質なSynが重なっていて、この男が辛い過去を持つことが瞬時に解る。

半ばからはチェロ、コンパスの低弦がリズムを刻んでサスペンスを煽る。そしてゆっくりとシンプルなマイナーのメロディというより音階を重く繰り返す重低音Syn。一箇所、ミスを犯し自責の念にかられながら鏡の前で傷の手当てをするケイトから砂漠の空撮を挟んで翌日事務所へ赴くケイトに繋げるブリッジ、ここはチェロのソロがメロを奏した。短いが曲らしい唯一のところ。絵面と流れには合っているが何故ここだけチェロが情感たっぷりに唄ったか。

不法移民の集積所の様な所、ここにはトラッドのような素朴なメロがわざと音程を悪くした人声のような音 (Syn?) で流れた。この曲は他の箇所でも流れた。

メロディが残るという音楽ではない。というかメロディ感は殆ど無い。効果音と一体化した響き。音が映像を支えていると言えばよいか。

 アレハンドロは組織のボスも、その妻も二人の子供も容赦なく撃ち殺した。自分も妻と娘を酷いやり方で殺されているから。FBIケイトはそれが合法であることを認める書類にサインをさせられる、アレハンドロに銃を突きつけられて。去っていくアレハンドロにケイトは銃を向けるが撃てない。アレハンドロの背後に重く垂れ込める鈍色の空。

サッカーに興じる少年。いつも仕事を終えて朝帰る父親が帰って来なかった。遠くで花火のように銃声、一瞬動きを止めるが直ぐに何事も無かったかのようにサッカーを続ける。

エンドロールで突然ハープ (メキシコの民族楽器か?) のアルペジオが流れた時には驚いた。あれはきっと祈りだ。

 

この監督、「灼熱の魂」を見てアート系社会派かと思ったら違っていた。この「ボーダーライン」とDVDで「プリズナーズ」を観て見事なアクション映画を撮れるエンタメの人だと思った。そういえば「灼熱の魂」だって謎解きサスペンスで話を引っ張る。音と映像で見せる技術が半端ではない。こういう人にこそ007を撮らせるべきと思ったら、「ブレードランナー」の続編を撮るとのこと。さすがはハリウッド。自分で撮らず製作総指揮に回ったリドリー・スコットも偉い。

撮影のロジャー・ディーキンスはなんと「スカイフォール」の撮影をした超有名なカメラマンだった。成程納得。当方勉強不足。

音楽のヨハン・ヨハンソン(JOHANN JOHANSSON)、何やら人を喰った名前。クラシック系ではないよう。キーボード&オルガン奏者らしい。「プリズナーズ」もこのコンビ。幼児誘拐の話で趣味ではないが、エンタメとして見せる。そして太鼓 (打ち込み?) を使ったりチェロのソロをフューチャーしたり、「ボーダーライン」の音楽はここで試し済みであることが解る。スタッフに良いオーケストレーターがいる様だ。オンドマルトノも使っている。

監督、撮影、音楽、この三人で「ブレードランナー」をやってもらいたいもの。

 

監督.ドゥニ・ビルヌーブ  音楽.ヨハン・ヨハンソン