映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.7.26 「ブルックリン」 日比谷シャンテ

2016.7.26「ブルックリン」日比谷シャンテ

 

刺激的な音も音楽も一つも無い映画を久々に見た。全編アナログの香りがする、もちろんデジタル機器は使っているのだろうが、穏やかなトーン、但ししっかりと一本筋が通っている良い映画である。

1950年代、アイルランドの田舎の少女が一人、アメリカに渡り、NYでしっかりと自分の人生を切り開く話である。随分と当たり前で、こんな在り来たりの話とっくに映画なんぞにしなくなって久しい。それを敢えて古色蒼然とする位オーソドックスに映画にした。奇をてらったり捻りを効かせるようなことは全くしない。それがかえって新鮮であり心地よい。

主人公は今風スレンダーとは真逆のポッチャリ型、それが少しずつ洗練されアカ抜けて行く。

父親は早く亡くなり、母と娘二人、堅実に育てられたのだ。姉は母の面倒を見つつアイルランドでしっかりと生活をしている。聰明で努力家の妹エイリシュ (シアーシャ・ローナン)は広い世界を求めてアメリカに渡る。アイルランドにはまともな仕事がない。そんな時NYの神父様が呼んでくれたのだ。ブルックリン、そこにはアイルランドコミュニティーが出来ていた。アメリカは本当に移民で出来ていることが良く解る。

アイルランド系は白人の中では一段低くみられている。だから良い仕事にも付けない。主人公は夜学に通い、試験に合格し、その壁を突破する。

結ばれた彼氏はイタリア系、どちらが上なのか知らない。ブルックリンは出身国別のコミュニティで出来ているのだ。「ワンスアポンナタイム インアメリカ」もブルックリン大橋の下のイタリアコミュニティの話だった。ボストンを舞台にしたジョニー・デップの「ブラックスキャンダル」はアイルランド系だった。IRAに資金援助していた。

1950年代、まだ低く見られていた彼等はその後段々とエスタブリッシュへと変わっていく。あとにアフリカ系、ヒスパニック系が続く。

エイリシュはデパートの売り子として働く。「キャロル」のルーニー・マーラと同じ頃だ。

いつも緑の服を着る、水着も緑、緑はアイルランドの国の色だそうな。

姉が急死して国へ帰る。かつての幼馴染が集まった中で地元では名家の男と恋仲になる。昔こうなっていれば。NYのイタリア男との間で迷う。本当は地元の男の方が好きだったのかも知れない。地元男の方がカッコイイ。でも閉鎖的な田舎がイヤでNYへ行ったのだ。感情に流されず、しっかりとこの地と彼の地を比較する。アメリカには希望と可能性がある。母を残して自分の道を選ぶ。船の中で数年前の自分と同じ様な若い女と会う。向こうで住むところは? ブルックリン…

音楽はアイリッシュ音楽の既成曲を多用し、劇伴にもその匂いを漂わす。1950年代の時代を現すヒット曲も出てくる。既成曲の間を弦主体の劇伴が主張することなくさりげなく埋める。かなり多い、が邪魔にならず。シンプルなオーケストレーションだが合っている。教会の集会で歌の名手というおじさんが、アイルランドの吟唱歌をアカペラで唄う。

 

いわば上京物語である。上京は人生の大きな関門であり試練だ。あの頃のアメリカは輝いていた。そして世界から若者を受け入れた。今は…

至極真っ当な映画、ギャングになったり娼婦になったりするだけが映画ではない。

アカデミーの作品賞、主演女優賞、脚色賞にノミネートされた。

 

監督.ジョン・クローリー  音楽.マイケル・ブルック