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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.9.05  「アスファルト」  シネリーブル池袋

2016.9.05 「アスファルト」 シネリーブル池袋

 

フランスの郊外の吹き溜まりの様なアスファルトの団地。我々的にはコンクリートと総称してしまう方が通じるか。故障したエレベーターを修理すべきかどうかの住民集会から始まる。

車椅子の初老の男、夜中に病院に忍び込み自動販売機を蹴飛ばして出て来たスナック菓子をむさぼる。そこの喫煙場所で出会った訳あり風中年女の夜勤看護士との純愛。母がほとんど不在の高校生と、隣に引っ越してきた30年前には映画に主演したらしいプライドだけが残る女優。突然宇宙から降って来たNASAの宇宙飛行士とそれを息子の様に迎えるアラブ系のお婆ちゃん。3つのエピソードが並行して進み、どれにもちょっと希望の光が差し掛けた、というところで終わる。フランス下層階級の吹き溜まりの中のささやかなハートウォーミングな小噺。

ほとんど団地内、時々映る外は人影もないアスファルトの光景。そして重く淀んだ空。カラー映画なのに灰色のモノクロ映画の様だ。

ドアの開け閉めの音、蹴飛ばす音、エレベーターのガチャンという音、金属性の音がコンクリートに響いて痛い。この音がシーンを繋いで行く。時々、ヒューという風の様な、金属の淵を擦るような、子供の悲鳴の様な、音が聞こえる。団地に住むみんなに聴こえるのか、この映画の登場人物だけに聴こえるのか。アスファルトが発する虎落笛。掃き溜めが発する悲鳴。

フランスの団地は荒涼としている。ここからアサシンが生まれた。マシュー・カソヴィッツだ。郊外の貧民と移民の現実。でもこの監督は何とかそれをユーモアで乗り越えようとしている。触れ合う心はアスファルトの壁に勝てるのか。でも明日は今日より少しだけ明るくなっている、そんな映画だ。

日本の団地とフランスの団地では随分意味するところが違う様だ。かつて我々団塊の世代にとって団地は文化的生活の象徴だった。団地から新しい文化が生まれるのではと思っていた。「みなさん、さようなら」(2012中村義洋)は、夢の団地を守ろうとする少年 (濱田岳)の成長記であり、団地が時代の役割を終える物語だった。「海よりもまだ深く」の是枝裕和監督にとって団地は心のふるさとだ。「団地」(阪本順治)は見逃した。

今、日本の団地も老人や低所得者の場になりつつある。その内アジア系移民も増えるかもしれない。フランスの団地に近づいていくのだろうか。

やっぱりアスファルトの虎落笛はイヤなものだ。地の底からの声がアスファルトを通じて初めて音という波動になって助けを求めているようだ。

 

音楽はほんの数カ所。Pfソロで3拍子のエチュードのようなシンプルな曲。ローリングではバックにSyn弦が鳴っていた。音の主役はアスファルトに響く効果音。音楽はそれを立てるように控えめで正しい。

少年 (ジュール・ベンシェトリ、監督の息子、ジャン・ルイ・トランティニアンの孫だそうな) が美しい。イザベル・ユぺールが落ちぶれた女優を好演。宇宙飛行士のマイケル・ピットもアラブ系のお婆ちゃんも良い。足の悪い男も看護士も。良い役者揃い。

 

監督.サミュエル・ベンシェトリ          音楽.ラファエル