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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.12. 05 「この世界の片隅に」 丸の内TOEI

邦画

2016.12. 05「この世界の片隅に」丸の内TOEI

 

テアトル新宿で予告編を見た。それだけで胸が一杯になった。「悲しくてやりきれない」(作詞・サトウハチロー、作曲・加藤和彦) は大好きな曲である。それをたどたどしい女声のVocalがほとんどアカペラで唄う。フォークルのオリジナルに優るとも劣らないカバー。その歌に合わせた様なキャラのアニメーション。勿論キャラに合わせて歌を選んだのだろうが、私には逆に思えてしまった。キャラ背景とも淡く春霞が掛かった様。今風アニメキャラの目がパッチリで手足が長く背景は緻密で写真の様、とは真逆。このキャラ背景そして歌、これでしっかりと世界は出来ていた。こんな的確な予告、見たことない。内容と関係なくマンマと騙す予告も好きだが、内容を的確に伝えて惹きつけると言う正統な意味での予告編の、これは今年のNo1。これだけで泣けてくる。アニメ嫌いの私だが、これは絶対に観ようと思った。「悲しくてやりきれない」は予告編音楽既成曲部門の大賞である。この一見ヘタな様で良く聴けば大変なテクニック、見事なカバーは誰なのか。

 

アニメで初めから違和感を感じずに入っていけたのは「かぐや姫の物語」以来である。背景にも人物にも水彩画の様なタッチが一貫しているためか。全ての線が少しぼんやりとしていて淡い。従来のアニメの、輪郭はっきり、背景は写真の様、キャラ目鼻立ちすっきり手足長く、欧風バタ臭い、これらの反対がこのアニメだ。

主人公のすずはおっとりとしていてワンテンポ遅い。それを声の ”のん” が、キャラが乗り移った様に演じて一体化している。このモッタリゆっくりが全ての輪郭の角を取る。優しく受け入れて包み込む。

 

昭和8年12月、町へ海苔を売りに行く幼いすずから始まり、昭和18年、18歳で周作に嫁ぎ、昭和20年8月6日原爆投下、8月15日終戦、そして戦後。すずを通して広島、呉の庶民の生活を淡々と描く。

大恋愛がある訳でもない。大きな夢がかなう訳でもない。戦争反対を声高に叫ぶ訳でもない。時間軸が動く訳でも、この世とあの世の境が無くなる訳でもない。アニメが得意とする飛躍、非現実、ファンタジーといったものをほとんど使わない。その代わりに当時の広島や呉の普通の人々の細かい日常が丹念に描かれる。

木炭バスで嫁いで来たり、着物を仕立て直したり、お米の炊き方を工夫して量を増やしたり(楠正成伝来?) 、黙々と畑を耕したり、天秤で水を運んだり、天井板の木目だったり、戦艦大和の大きさに驚いたり、これら普通の日常の描写がいつの間にかユーモアと懐かしさを醸し出してくる。私の母の世代、日々の日常を丁寧に生きていた時代だ。

 

すずは絵が上手だ。白波立つ海原は飛び跳ねる沢山のウサギに見える。すずはその通りに書く。同級生の水原君の為の代筆。すずの初恋らしい。

すずは見たものをそのまま見た通りに書く素直な目を持っていた。社会性で歪曲されない、時代や人間社会の意味づけを超えた見方。

戦争の真っ最中である。でもそれは人間だけの話、そんなこととは関係なく自然の時間は流れている。右往左往する人間の手前をいつもタンポポの綿毛が飛んだり、トンボや蝶が横切ったり、鳥が飛んだりする。人間が戦争をしようと自然のゆったりとした時間は微動だにせず流れていく。すずの目はそっちに近い。

 

18歳で広島から呉に木炭バスに乗って嫁いで来た。好きな人だった訳ではない。乞われて嫁いで来たのだ。自分の意志で人生を決めるという生き方がまだ稀だった頃。すずは大多数がそうであった様に決められるままに従った。

周作の姉・径子は当時としては少数派のモガ (モダンガールの略) で自分の人生は自分で決めた。その ”私” が周りと軋轢を起こし結婚は上手く行かなかった。:径子はギスギスしていた。すずの ”私” はほんわかとして春の日差しの様だ。でもちゃんとある。突撃を前にした水原がすずを訪れた日。周作が気を利かせて、すずに指示して納屋に寝る水原にアンカを持たせる。この映画の唯一艶めかしいシーン。ここですずは、本当は水原を待っていた、でも過ぎたこと、選ばんかった道、ときっぱり言って踵を返す。すずは流されているのではない。ちゃんと選んでいるのだ。後日この件で周作に喰って掛かる。すずが初めて感情をむき出しにした。

周作は海軍の総務部に勤める。家には大きな本棚に本がずらりと並ぶ。庶民というよりはものを冷静に見られる人、すずを深く理解している人だ。

 

呉は海軍の町である。おそらく当時の日本の中では比較的ハイカラで進歩的で自由な雰囲気があったのだろう。昭和19年、周作の父親が海軍病院に入院、そこでみんなで聴いていたSPレコードは敵性音楽の「ムーンライトセレナーデ」であった。勿論きちんと考証しているはずである。それにしてもちょっと驚いた。海軍が陸軍に吸収されるかもしれないなんて噂話も出てくる。

 

日常とはほとんど食べることだ。当時の女の一番の仕事は食事を作ること、まして食糧難、食事の世話は女にとっての戦いだった。だから食べることに関するエピソードがかなりの部分を占める。少ない米の量を増やす炊き方、大切な砂糖、スイカ、空襲で焼け落ちた家の下の焼き芋、遊郭のりんさんの為に書いた絵のスイカやお団子、ウエハー…

 

兄は死に水原も死に、姪の晴美ちゃんも死んだ。遊郭のりんさんも空襲で死んでいるだろう。すずも右手を失った。仲良しの妹は寝たきりになり腕には被爆の斑点が浮き出ていた。どこの家でも身内に犠牲者はいた。それでも黙々と耐えて来た。それを簡単に引っ繰り返されたから玉音には心底怒った。それでも進駐軍の配給の残飯雑炊を径子と食べて、二人で思わず”美味しい!” と叫ぶ。日々は続くのだ。

 

焼け跡の中でシラミだらけの少年と出会う。懐いてくる少年。 それは必死に生き延びようとする動物的本能なのかもしれない。すずと周作はこの少年を引き取る。連れ帰った少年を囲んでの夕食、誰も異を唱えない。”血” を超えた繋がり。戦後の混乱の中で、庶民はいとも簡単に”血” を超えていた。生き続ける人間どうしの自然な行為。

この映画を3.11と無理にWらせるつもりはない。ただ「東京家族」(拙ブログ2012.10,09) が、その為に製作を一年遅らせたにも拘らず大した反映も無かったことを思い出す。前にも書いたが、何故、おじいちゃん (橋爪功) は被災した孤児を引き取って新たに二人で生き始める、そんな話にしなかったのか。結局、山田洋次は”血”を超えられない。恐れ多いが山田洋次の限界を見た。

 

すずと周作は広島の橋に立つ。周作がすずを見初めたという橋だ。すずが言う。”この世界の片隅に、私をみつけてくれてありがとう” (不確か) 、そうか、この映画は出会いの奇跡に感謝する映画だったのだ。”少女の日常を通した静かな反戦の映画” の奥にそれがあった。何でこういうタイトルにしたのかと思っていたが、それが一気に腑に落ちた。途端に二人の背後に宇宙が拡がった。

 

「悲しくて~」を唄っていたのはコトリンゴ、この人が映画全体の音楽もやっていた。ユニット名かと思ったらソロ、ジャズのピアニストらしい。それにしても味のある声と歌い方だ。

タイトル前、海苔を作って売る幼いすずとその家族の紹介、そこには何故かオリジナルではなく、良く聴くクラシック ( 讃美歌? 失念) のメロが弦で静かに淡々と流れる。良く合っている。でも何で既成曲を使ったのか。何か意味はあるのだろうか。

そして「悲しくて~」、本当にドンピシャの声と歌い方。映画にとってもコトリンゴにとっても幸運な出会いである。

重箱の隅、途中から入ってくる弦、少し大き過ぎないか。もっとさり気なく後ろに這わせる位が良かったのでは。曲尻のFOも次のシーンにこぼれても良いから自然な減衰に任せれば良かった。急な絞り、気になった。

木炭バスで嫁ぐところ、朝の水くみ、裁縫など、すずの気持ちというより日常の生活に合わせた描写音楽。Pf中心に弦カル、どれも可愛らしくモダンで洗練されている。すずのテーマという様な付け方ではない。「隣組」の歌はコトリンゴのVoとPfに楽器ではないようなパーカッション。シャレている。中盤からは木管が増えてくる。PfとFg、PfとCla、それにマリンバが加わる。弦のピチカートも上手く使う。闇市のシーンではアコーディオンが聴こえた。木管や弦カルを使ってもクラシカルなアレンジではないので重くならないのが良い。後半話が重くなってくるあたりにはPf単音を効果的に使っている。

エンドロールの歌、木管とPfがリズムを刻みVoが載る。ジャズだ。全く違和感がない。何と洗練されていることか。最後の最後には金管が入って明るく賑やかに締める。ファウンディングのクレジットが延々続くのだが音楽でしっかりと持たせている。

コトリンゴ坂本龍一に見いだされたらしい。「新しい靴を買わなくちゃ」(2012,10月公開. 監督.北川悦吏子  音楽監督.坂本龍一  音楽.コトリンゴ) で音楽を担当したとか。確かモーツァルトの「メヌエット」をテーマの様に使っていた。オリジナル音楽の印象はない。映画が酷すぎたのでその記憶しかない。

この人、今後映画音楽をやっていくのだろうか。どんな映画もこなすというタイプではない。自分に合った作品と監督を選ぶべきだ。

もしかしたら監督にとっても ”のん” にとってもコトリンゴにとっても、こんなに素晴らしい出会いはもうないかも知れない。「この世界の片隅に」出会えた三人を祝福する。

 

監督.片渕須直   音楽.コトリンゴ  すずの声.のん