映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.12.17  かしぶち哲郎の命日

2016.12.17 かしぶち哲郎の命日

 

12月17日はかしぶち哲郎の命日である。

2013年12月17日深夜、大森(一樹)さんから電話が入り、”かしぶちさん、亡くなったってネットに流れてるで”  患っている事、全く知らなかった。63歳だった。

云わずと知れた日本の伝説的ロックバンド・ムーンライダーズのドラマー。一方、かしぶちさんは多くの映画音楽も手がけていた。私とはそちらの方の付き合いだった。

最初は「恋する女たち」(1986 監督.大森一樹) 、大半の撮影が金沢ロケだった為、かしぶちさんと私は音楽打ち合わせの為、金沢に出向いた。ロケのバタバタの中、夜の10時近く、ようやく大森さんの体が空いて宿の玄関脇の四人掛けの狭いテーブルで会うことが出来た。大森、かしぶちは初対面。かしぶちさんで行くことは決っていた。主演の斉藤由貴のレコード会社のディレクターからの強い推薦があった。

その頃、駆け出しの映画音楽プロデューサーだった私は、その仕事がよく解らないでいた。映画音楽プロデューサーという仕事自体がまだ一般的に認知されていなかった。一世代以上うえの巨匠たちとの仕事では、私は何も言えず、ただひたすら段取り屋だった。

監督も音楽家も同世代というのは初めて。私はどんな役割をすれば良いのか。小さなテーブルを挟んで向かい合った二人、疲れている大森、どちらかというと口の重いかしぶち、どんな音楽にしましょう?なんて言っても両者共言える訳がない。音楽を言葉で打ち合わせるなんて至難の技である。さぐりさぐりの時間が過ぎた後、何となく映画の話になった。フランス映画である。誰が言ったか、「若草の萌える頃」(1969 監督.ロベール・アンリコ)というタイトルが出た。 “それや、それそれ” 重苦しかった場の雰囲気は一気に氷解、話はコロコロと転がって行った。かしぶちはジョルジュ・ドルリューが好き(「若草~」はドルリューではないが)、大森のベストワンは「冒険者たち」(1967 監督.ロベール・アンリコ)、その時私は、この仕事が映画監督と作曲家の共通言語を探すことだと解った。それは言葉とは限らない。曲だったり映画だったりもする。それが見つかれば役割の大半は果たせる。さてその時「若草の萌える頃」という映画名を私がいったとしたら、私は名映画音楽プロデューサー、しかし私はその時それを観ていなかった。私を取り残して二人の話は弾んだ。「冒険者たち」は私のベスト2である。テーマも口笛で吹ける。それをネタに話に加わろうにも割り込むことは出来なかった。歳は、私、かしぶち、大森の順で一つ違い、30代半ば、タメグチでやれた最初の仕事、映画音楽プロデューサーなる仕事が一気に面白くなった。

その後に続く「トットチャンネル」(1987)「さよならの女たち」(1987) は本当に楽しい仕事だった。「さよなら~」では、何でもない列車の移動のシーンに、“ここ歌でやってみィへん? ” “どうせならフランス語でやらない? ” “かしぶちさん、フランス語で唄いなよ” “やってみる! ” 三人で思い通りに出来た。その歌に ”サヴァ ヴィアン” という歌詞が出てくる。僕らの間ではその歌は「サヴァ ヴィアン」になった。サントラ盤で何とタイトルを付けたかは忘れた。

大森さんの映画にはそれまでの日本映画になかった、“軽み”がある。軽薄というのではない。どんな題材を扱っても絶対に重くならない、“軽み”。それは多分、大袈裟にいえば、人間肯定のオプティミズムである。その“軽み”の度合いを二人は肌で解り合っていた。重くなりそうなところをかしぶちの音楽が軽くし、軽く流れ過ぎるところをかしぶちの音楽がしっかりと落ち着かせた。ふたりは絶妙にそれをコントロールし合っていた。

 

2011年「世界のどこにでもある、場所」という単館系映画で、ふたりは何年ぶりかで仕事をした。私は絶賛してしまった。二人の“軽み”の度合いは絶妙だった。二人は技術的にも深まっていた。この映画のサントラも含めたかしぶちさんの映像音楽を2枚のCDに纏めてソニーからリリースし、その纏め役を仰せ付かった。ライナーにはこれまでを振り返った二人の対談を掲載した。虫が知らせたのか。

2015年、大森さんは「ベトナムの風に吹かれて」(主演 松坂慶子)という映画を撮った。この映画の音楽クレジットはかしぶち哲郎である。これまでの大森・かしぶちコンビの映画音楽から選曲して全編をまかなった。大森さんのアイデアである。現像場で初号を見た時、その為に書いた様にピッタリとはまっていた。メインタイトルの音楽は「サヴァ ヴィアン」だった。

かしぶちさんの声は軽くて腰がない。ボサノバやシャンソン系の声。メーターばかり振れて前に出てこない。ライブなどの後はいつも、”相変わらず歌ダメだね”というと”そんなこと言わないでよ”と返って来た。フィルムにのせると腰のない声は余計埋もれてしまう。映画を観ながら思わず心の中でつぶやいてしまった。”そんなこと言わないでよ”と返ってきた。