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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2017. 1.23 「ヒトラーの忘れもの」 シネスイッチ銀座

洋画

2017.01.23「ヒトラーの忘れもの」シネスイッチ銀座

 

それにしても上手い邦題を付けたものである。ポスターも何も見ずにこのタイトルだけを見たら、ちょっとロマンチックなものさえ感じてしまう。「ヒトラーの偽札」というナチを扱いつつ欧州の知性とニヒリズムを凝縮させたような名作があるせいか。まんまと騙された。確かに「地雷と少年」では客は来まい。嘘っ八の邦題を付けてもお客を劇場に来させるのが宣伝、羊頭狗肉は宣伝の勲章だと思っている。英題は「LAND OF MINE (地雷) 」ここからよく「ヒトラーの忘れもの」を導き出した。確かに忘れものと言えば忘れもの、嘘ではないのだ。

映画はタイトルとは真逆、シリアスこの上ない。忘れものとは地雷のことだ。1945年6月、ベルリンは陥落して立場は逆転した。デンマークはドイツ憎しが一気に噴き出している。北海沿岸の海岸線にナチが残していった200万個の地雷、それをドイツ人捕虜の少年兵に撤去させるという話である。

屈強な体躯のラスムスン軍曹 (ローラン・モラー) が一地区のそれを指揮する。専門の大人の捕虜が来るものと思っていたら、来たのは貧弱な14人の少年兵、地雷など扱ったこともない。軍曹から手ほどきを受け、砂浜を這いつくばって素手で撤去していく。信管を抜く少年の緊張と恐怖が見ているこちらに伝播して正視に耐えない。思わず目をつむってしまう。

ドイツ人にはどんなに酷いことをしても許される。丸太小屋に押し込んで食事も与えない。ドイツ人だから当然だ。次々に命を落としていく少年たち。発狂する者。始めはそれを何とも思わなかった軍曹に少しずつ変化が表われる。良く見りゃまだあどけなさの残る十代の少年たちだ。情が移るのも自然だ。ドイツ人であると同時に人間に見えてくる。

地雷を取り終えたらドイツに帰してやる。軍曹はそう約束する。希望があると人間、頑張れる。発狂しそうな現実に耐えられる。

時々入る、海、砂浜、荒涼とした大地、夕陽、これらのロングショットは詩的だが重い。唯一、少年たちと軍曹が波打ち際でサッカーに興じるシーンが美しい。ここにだけは陽光が降り注ぐ。そう見える。

14人が4人になって撤去は終わった。軍曹に命令が下る。4人を貴重な地雷撤去経験者として次なる地雷原に行かせよ!  軍曹は必死に抗議する。上司の大佐が言う。これは命令だ!

その時の大佐はナチに見えた。憎悪の連鎖はナチ被害者をナチにしてしまう。

軍曹は4人を逃がす。走れ!  あの向こうがドイツだ!  少年たちは森に向かって走る。もしかしてそこにも地雷が…。画面が黒味になった。オフで爆発音が聞こえたら。エンドロールがせり上がり音楽が流れてホッとした。最後は希望とは言わないまでも絶望ではなく終わった。

音楽が良い。少ないが印象的である。地雷撤去のサスペンスなどには一切付けない。少年たちの救いのない状況に、いつの間にか遠くから、動きのない白玉の弦がFIする。もう一つのテーマは少し感情に合わせる様にPf、ギターかマンドリンリュートの様な民族楽器か、金属系の弦を弾いてマイナーの単純な音型を繰り返す。このテーマはエンドロールでようやくその全貌を現す。決して気持ちを癒してくれるようなものではないのだが、画面が絶えずこちらに緊張を強いるので、暗い音楽でも入るとホッとする。

 

軍曹は孤独だ。愛犬と二人きり。きっとそれなりの過去があるのだろう。時々行く軍の司令部での様子から決して主流でないことが解る。少年たちも大戦末期に召集された少年兵でエリートなんかじゃない。あっちもこっちも汚れ仕事をやり簡単に死んでいくのは末端ばかり。

最後に、これは実話に基づくものであり、何千だか何万だかのドイツ人捕虜が命を落とした、そしてその事実は長い間隠蔽されていたとテロップが出る。戦争の無い時代と場所で人間をやれている奇跡に感謝である。

軍曹を演じる役者も素晴らしいが、少年兵を演じるほとんど無名の役者たちが素晴らしい。

 

監督.マーチン・ピータ・サンフリト   音楽.スーネ・マーチン