映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2017.05.11 「追憶」 新宿ピカデリー

2017.05.11「追憶」新宿ピカデリー

 

しっかりした脚本、的確な演出、詩情溢れる撮影、人気者を適材適所に配したキャスティング、役者たちの熱演、映画をフィルムで撮影していた頃の落ち着きと格調を持つ作品である。(今、映画はVTRで撮影しそれをフイルムに変換する、確か)

 

不幸な境遇の三人の少年、彼らを救った、場末に生きながら心に天使が住む女・涼子 (安藤サクラ)、涼子につきまとうヤクザ、涼子を救うべく三人の少年が事件を起こす。

罪は涼子が全て引き受けた。このことは全て忘れなさい。遠い過去…

 

今、篤 (岡田准一) は富山で刑事、悟 (柄本佑) は東京で小さなガラス店の経営者、啓太 (小栗旬) は輪島で土建業を営む。三人は過去を消す為に二度と合わない約束をしていた。ところが経営に行き詰まった悟は啓太を頼り、借金をしていた。

偶然、篤と悟が富山で出会ってしまった翌日、悟は死体で発見される。捜査するのは篤。篤は悟が昔の事件をネタに啓太を強請っていたのではと疑う。啓太が犯人なのでは。犯人捜しのサスペンスを軸に、過去の事件と三人の現在が語られて行く。目新しい話ではないがしっかりとした構成である。

啓太には身重の妻がいる。篤は妻 (長澤まさみ) と別居中。自分を捨てた実の母 (リリィ) が今になって纏わりついている。悟は婿養子として迎えてくれた今は亡き義理の父親の為にも店と家族を守る為に必死である。難しい年頃の小学生の娘が一人。三者三様。でもベースには子供の頃恵まれなかった ”家族” への渇望がある。

 

結局は、悟の妻 (西田尚美) と店の若い従業員が結託しての保険金目当ての殺人だった。この急転直下の解決には少し唐突感があった。店と家族を守る為に必死だった悟は何だったのか。この結果は辛い。残された娘はこれからどんな人生を生きて行くのか。今の日本の現実は、本当はここにある。

 

笑わない長澤まさみが良い。長澤は笑わせてはいけない。あの屈託のない笑顔はドラマを超えてしまう。

子供の設定はもう少し小さい方が良かったのでは。

全体に品がよく、抑制の効いた描き方。最後の方、メンマの話で嗚咽する篤に寄るかと思ったら、啓太とのツーショットで引いたまま、私は良いと思ったが、あざとさに慣れている今のお客には物足りなさが残ったか。

ひたすら明るい木村文乃も良い。明るさの奥に何かを感じさせてくれる。

いつもながら同僚刑事の安顕は存在感を発揮する。

陽光の下の子供たち、一つだけ明るいカットが欲しかった。全体に暗くグレーな世界の中で一つだけ明るい三人の黄金の日々のカット。

車椅子の安藤サクラ林真理子に似ていた。

 

最後に悟の墓参りをする娘のアップで終われば、ままならない家族の不幸の連鎖は続くとなり、重く余韻は残る。が、この映画の企画意図からは外れて、別の映画になる。未來は啓太の家族に託されている。篤もきっと妻とは別れない。それで良いのかも知れない。

 

冒頭、女声のヴォ―カリーズ。ゆったりとしたメロディー、これがメインテーマ。正確でクラシカルな発声で譜面通りキチンと歌われていて、収まる。エンドもこのヴォ―カリーズ。

このテーマ、三人の子供の頃の懐かしい思い出黄金の日々、”雪割草のテーマ” と言ったところか。劇中ではハーモニカとギターでも印象的に奏される。汚れ無きテーマ、人間社会のドロドロを超えた永遠のテーマ。映画の頭と尻をこれで括る。女声を使ったことでその意図は解る。だとしたらもっと神性がほしかった。メロディーも弱いのでは。小手先だがせめてもう少し声を加工してはどうだったのか。かなり生っぽい。声量も余裕がない。

もう一つのテーマはVCで奏される暗く重い曲。これは過去のあの事件に付けられた曲。劇中何度もVCやOBで繰り返される。人間社会のドロドロの方のテーマ。今風ベタ付けではなく、要所にキチンと付けている。ちょっと説明過多な気もする。

音楽、千住明。しっかりとしたクラシカルなオーケストレーション、大きくない編成できちんと演奏している。尺もしっかりと合わせていて、逆に窮屈なくらい。

きちんと纏まった映像に譜面通り正確に演奏されたクラシカルな音楽、もしかして収まりの二段重ねになっていやしないか。

 

音楽は映画全体のテイストを作ることが出来る。あるいは変えることが出来る。クラシカル、ジャズ、ロック、前衛現代音楽、どこかの国の民族音楽、異質な音楽をぶつけた時、映像は想像もしない拡がりや深味を醸し出すことがある。その時起きる映像と音楽の掛け算的化学反応で、映像は創り手の意図を超える。もちろんぶち壊しになることもある。リスキーだから監督と音楽家の余程の信頼関係が無い限り、やらない。無難な線で行く。

無難な線で行ったのだ。敢えてリスクは侵さなかった。だから何の違和感も無く、きちんと纏まった。纏まり過ぎた。

ハーモニカはもう少しジャジーだったら、ヴォ―カリーズはケルト風だったら、VCは喰いつくような激しい弾き方だったら、パーカッションだけでやる曲があってもよかった、パンフルートの音色なんて良いかも…、これはどうしても趣味の問題、好みの問題になってしまう。だとしても掛け算的トライをしてみる価値はあったのでは。その時、もしかしたらもう一つの「追憶」が生まれたかも…

勝手なことを言ってすいません。これはこれで、とっても良く纏まった完成度の高い作品であることは間違いないのです。

 

監督 降旗康男   音楽 千住明