映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2017.05.25 「夜空はいつでも最高密度の青色だ」 新宿ピカテデリー

2017.05.25「夜空はいつでも最高密度の青色だ」新宿ピカテデリー

 

東京の美しい夜景、その下で繰り広げられる小奇麗な恋愛、巷はそんな恋愛で満ち溢れている。映画だってそんな「恋愛もの」と「泣けますもの」ばかりだ。でも小奇麗からはじき出された者、どうしてもそんな風に生きられない者だっている。そんな者たちはイライラでパンパンだ。ふとしたことでそれに引火すると「怒り」(拙ブログ2016.9.21) になる。ほとんど紙一重。

バスを待ちながら携帯に釘付けの人たち。美香 (石橋静河) だけが空を見上げる。飛行船が浮かんでいる。誰も気付かない。

看護士の美香が務める病院。今、幼い子供を残して母親が死んだ。手を合わせ見送る美香。病院の裏のゴミ捨て場のような喫煙場所、煙草の煙を吐く美香。その口元。同じように煙を吐く工事現場の慎二 (池松壮亮) 。煙草繋がり。どこだったかに日の丸のアップが1カット入った。(シーンの順番不確か)  “都会を好きになった瞬間、自殺したようなものだよ” と詩が被る。秀逸な導入。

 

何にでもつっかかる美香には、母が自分を捨てて自殺したというトラウマがある。今は看護士として人の死に日常的に接する。誰だって死ぬ。でもこれを意識し続けたらまともに生きていけない。ノイローゼになるか、哲学者になるか、宗教に走るか。だから美香は呪文のように言う。 ”大丈夫、その内直ぐ忘れる”

過剰に理屈っぽく語る慎二 (池松壮亮) 。慎二は片目が見えない。これが彼の自意識の原点。俺が見ている世界は世界の半分だ。

工事現場の日雇い。年収200万弱。日雇いの仲間は兄貴分の智之 (松田龍平)、日雇いがきつくなっている中年の岩下 (田中哲司) 、フィリピンからの出稼ぎアンドレス(ポール・マグサリン)。きつい労働のあと、時々みんなでなけなしの金を叩いてガールズバーへ行く。美香は病院のあと、ここでバイトをしていた。

 

頑なな二人が行違う言葉を総動員して少しずつお互いの殻を壊していく。そのプロセスに原作の詩が被る。詩集が原作だとあとで知った。最果タヒ、この名前も初めて知った。詩の胆を掴んで、それを物語として甦えらせる、脚本家としての石井裕也が凄い。この二人のキャラクターを作り上げたところが凄い。あとは自動的に動いていく。そうすると、どの詩を持って来ても違和感無く乗るのだ、きっと。

テロ、シリア、大震災、格差 (これは無かったか?)、会いたい、世界と無関係ではない東京の底辺の生活、でも映画はあくまで美香と慎二の不器用なを純愛を描く。世界は背景としてぼんやりそびえ立つ。

 

死の匂いを漂わせていた岩下に希望が出来た。”俺、コンビニのお姉ちゃんに恋した、ザマア見ろ!”  思わず拍手。誰に向かって ”ザマア見ろ” か。世間だ、世間に向かってザマア見ろ! だ。良い台詞だ。世間の分析は学者がやれば良い。

フィリピン出稼ぎ労働者はみんな借金をして日本に来ている。タコ部屋の様な一室に集まって酒飲んで騒いでウサを晴らす。借金と仕送りで金を使えない彼らにはこんな方法しかない。時々智之も慎二も加わる。隣の部屋のPCオタクが騒ぎ声に怒ってドンドンと壁を叩く。包丁持って殴り込みさせれば「怒り」になる。もちろんそうはならない。

 

慎二の月54,000円のアパートの隣に独居老人が住む。慎二は時々顔を出し、ゴミを捨ててあげたり、柿の種を食べながら一緒に煙草を吸う。暑い日が続いて、その老人が熱中症で死んでいた。岩下を前に嗚咽する慎二。諸々の歪みが末端に噴出している。そこから東京が見える、日本が見える、アジアが、世界が見える。

 

智之が突然死する。岩下は日雇いを首になりコンビニのお姉ちゃんにもフラれる。心配する慎二に “大丈夫、死ぬまで生きるさ” と言って立ち去る。“岩下さん、今日もチャック (社会の窓) 開いてたね” とアンドレス。良いシーンだ。

そのアンドレスも妻と子供が待つフィリピンに帰る決意をする。もう東京で働くのはバカバカしい。

 

美香が郷里へ帰ると、優しいというより腑抜けたパチンコ狂いの父親が居て、美香に、仕送り無理するなよ、と言う。妹は東京の大学へ進学して小奇麗な生活を目指す様だ。

 

美香と慎二の元カレ元カノのエピソードが入る。小奇麗に生きている人たちだ。でもこの二人だって東京で決して幸せな訳ではない。このエピソード、無くても良かったか。でも二人の価値観を明確にすることと殻を破る踏ん切りとして、あって良かった、多分。

 

二人はよく空を見上げる。そこにあるのは、飛行船だったり、月だったり、夜空だったり。水平の視野しか持たない人々の中で垂直の視野を持つ。垂直とは宇宙と死だ。だからこそ、今の出会いは奇跡なのだ。人が人にドキドキするということは奇跡なのだ。飛行船は一人で見上げるより二人で見上げる方が楽しいに決まっている。二人はこれから一緒に、亀を飼い、夜空を見上げ、飛行船を見て、多分煙草を吸う。煙草がコミュニケーション・ツールとなっている最近では珍しい映画かも知れない。煙草バンザイ!

 

音楽はSynのパッド、時々オルガンの様な音色。もう一つはテーマともいえる優しいメロ、ギリギリでセンチメンタルにはなっていない。これがPfとAGで繰り返し出てくる。シーンによってはVCが裏に絡む。あとはフィリピン部屋のガンガン鳴るラジカセ(?) のリズムだったり、カラオケボックスの既成曲だったり。どれもずり上がりで付けられていて効果的である。

何より渋谷新宿、行く先々で現れる路上フォークの女 (野嵜好美)、リズムボックスとEGで“頑張れ頑張れ~”と唄う。ヘタな歌、直截な歌詞、コードは多分3つしか知らない。初めは何なんだと思った。ジョークにしては泥臭い。石井監督、センス無い。それが最後にメジャーデビューするのだ。彼女の顔と曲名を壁面一杯に描いたトレーラーが二人の前を通っていく。RYOKO 『TOKYO sky』 有り得ないことが起きたのだ。二人はこれを見て唖然とする。僕も唖然として直ぐに拍手喝采した。奇跡だ、これぞ映画だ。振り返れば、前のシーンに引っ掛けて付けられているこの歌のイントロのチープなリズムボックスの音はシーンの絶妙な接続詞の役割を果たしていたし、この“頑張れソング”は実質的主題歌だったのだ。音楽的洗練とは真逆を中心に据えて、最後に、”これぞ映画だ” をやってのけた。石井監督、大変なセンスだった。

音楽、渡邊崇。「舟を編む」(拙ブログ2013.5.14) 始めここの所の石井作品をほぼ手掛けている様。「湯を沸かすほどの熱い愛」(拙ブログ2016.12.20 監督.中野量太) もそうだ。全体として、画面ととってもコミュニケーションの取れた音楽である。

 

“頑張れ” という言葉、好きではなかった。どちらかと言えば ”頑張らない” が信条だった。しかしこの二人を前にして出てくる言葉は、やっぱり “頑張れ!” だ。たしか「ヒミズ」(拙ブログ2012.1.15) の最後も、頑張れ! だった。

 

役者がみんな良い。池松が上手いことは解っていた。ちょっと内省的な役の時は本当に良い。「セトウツミ」(拙ブログ2016.9.14) だって池松がしっかりと受け止めるから菅田ははじけられた。本作でも神経症的で優しくて一途で不器用を良く演じている。

田中哲司はこんな役出来るんだと目から鱗である。ザマア見ろ! はこの映画の台詞の白眉だ。松田も、初めて見るポー.ル・マグサリンも良い。

何といっても石橋静河だ。彼女にとっても映画にとっても幸運な出会いだった。芝居ズレしてないからこその良さ。きっと今しかやれない役だ。

最後に二人が恐る恐る笑顔を交わす。つっかかる美香が消えて寿直な美香になっている。二人には幸せになってほしい。この映画、好きだ。

 

監督 石井裕也  音楽 渡邊崇  主題歌 The Mirraz 「NEW WORLD」