映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2019.6.25 「町田くんの世界」丸の内ピカデリー

2019.6.25 「町田くんの世界丸の内ピカデリー

 

少女マンガが原作らしい。予備知識全く無く観た。

冒頭、LPレコードに針が落とされるドUP、レコードのジャケットには〇○○(?) とアルファベット、賑やかな音楽が流れ (これはオリジナルそれとも既成曲? 何というバンドの曲?)

子供たちが起き出す。主人公らしき少年が朝食を作る。妊婦の母親 (松嶋菜々子) が、今夜はハンバーグが食べたいという。それに頷く少年。どうもつかめない。少年を演じる役者を知らない。芝居もどこかぎごちない。ヘンな走り方をする。

 

この高校生町田くん (細田佳央太) が保健室で猪原さん (関水渚) と出会う。話が動き出す。がまだつかめない。時々同じクラスの前田敦子が訳知り顔でいちいち解説する。これがおかしい。前半はアッちゃんの解説で持った。

町田くんは勉強も運動も出来ず、しかしイノセント、博愛の人。困った人を見ると誰彼かまわず助けてしまう。全ての人間が好きだ。ヘンなぎごちなさが芝居の未熟さでないことが解ってきた。遠藤周作の「おバカさん」に通じる。でも宗教臭くはない。

みんなを好きという中の一つだけ好きの特殊現象、それが恋愛。恋愛は知っていても博愛は知らない人ばかりの中で、博愛に溢れるも恋愛を知らない少年の、恋に目覚める話なのだ。

 

町田くんも猪原さんも新人らしい。初々しい。二人を始め、前田敦子も岩田剛典も高畑充希もみんな高校生。ちょっと無理なのでは? と思ったのは始めだけ。不思議と違和感はなかった。

 

石井裕也作品の主人公はどれもピュアだ。今ピュアは生きずらい。周りと摩擦を起こす。それを何とかかいくぐり、ピュアを貫徹する。最後は必ず楽観的だ。「川の底からこんにちは」も「舟を編む」(拙ブログ2013.5.14) も「夜空は最高密度の青色だ」(拙ブログ2017.5.25)も。人間として生まれてきたことは奇跡だ。それへの深い感謝。ベースにこれがある。そこから生じる優しさ、信じるということ、それを色々な形でヴァリエーションする。

僕は「夜空~」で田中哲司が言った “大丈夫、死ぬまで生きるさ”という台詞が大好きである。

町田くんは生まれた赤ん坊を抱えて”これは奇跡だ”という。僕は人間として生まれて来たことは奇跡だと感ずる様になったのはつい最近、老境に入ってから。30代でそう感じている石井監督って凄い。

ひとつ間違えてしまうと、偽善の塊みたいになってしまう話を、そうはさせじと、変形青春純愛物しかも上質なコメディに仕立て上げた力量は今更ながら大したもの。僕は石井の眼差しが大好きである。

 

クライマックスは風船で二人が空を飛ぶ。前半で木に引っかかった風船を取ってあげるというシーンがあった。この前フリが大きく花開く。これぞ映画! ただ前半は赤い風船一つ。クライマックスは何色かの風船が3つ4つ。こっちも赤一つの方が良かったのでは。アルベール・ラモリスだ。二人がぶら下がるから増やしたのか。町田くんにしがみ付く少女が可愛い。このまま空の彼方へ飛んで行っちゃうのかなと思った。けれどちゃんと水を張ったプールに落とした。しっかりと現実に戻した。そういえばこのプール、何故か町田くんが掃除をしていたなぁ。

 

50年以上前、小学生の頃、TV (CXのテレビ名画座あたりか) で見た「ミラノの奇跡」(1951ビットリオ・デ・シーカ) という映画が突然思い出された。詳しい内容は覚えていないが、追い詰められた主人公が突然ミラノ大聖堂の前でほうき(?) にまたがって舞い上がるのだ。次々に仲間も舞い上がる。子供心に鮮烈だった。今考えれば、映画はリアリズムだけではない、と知った最初の経験だった。

あの風船はまさにそれだ。風船に大拍手!

 

いくら前フリをしているとはいえ、リアリズムで来た話をクライマックスで一気に飛躍させる、これは大変な冒険だ。上手くいかないとお笑いである。飛躍を受け入れられない人はそう感じたかも知れない。僕は何の違和感もなく自然に受け入れられた。

そんな町田くんには、我々が見る悪意や不信に満ちた現実は、少し違って見えている。猪原さんとのやり取りの中でそれがうまく出ている。アッちゃんの解説も効いている。決してファンタジーで逃げているのではない。しっかりと今時の高校生のリアルな話。現実の中には見方を変えるとファンタジーに見えるものが一杯あるのだ。

 

平成という時代の間に人間の嘘と欺瞞と不信と悪意は急速に進んでしまった、本来持つ善意や思いやりは色あせた、さりげなく背後でそう語る。文春砲の様な記者・池松壮亮はそれに疑問を感じているも上司 (佐藤浩市) から”人の不幸は蜜の味” (と言ったわけではないが) と諭される。

高校生もそれに蝕まれている。そんな中で町田くんのイノセントは周りの人を変えていく。町田くんも好きの中の特種形の好きを理解していく。

 

音楽は前半、疾走するところにEGで煽るロック、これあまりにパターン、無くてよい。気持ちに即して、アコーディオン、Pf、Cla等の小編成の音楽が付けられる。これもパターン。でもわざとおきまりの付け方をしているのかとも思う。音楽の尻はブツ切りカットアウト。これが効果的。このCOがテンポを作っている。音楽は、入りばかりを気にしていたが、尻のブツ切り処理がこんな効果をもたらすとは…

川原や公園やビルの屋上や、所々に広い絵を入れて映像的に飽きさせない。車を真俯瞰で撮ったりして変化を付ける。空飛ぶ風船の追っかけになってからは、車中からやビルの屋上など日常の中のスペクタクル。そこに満を持して弦の入った大編成の、舞曲の様な遊園地の様な活劇風の音楽が入る。きっとこの音楽さえ上手く合えば他はどうでも良かったのだ。

 

二人のほとんど新人を主役に据えたのは自信の表れ、脇にこれだけのスターが集まったのは監督がいかに役者から信頼されているかの表れ。

 

エンドロールで平井堅のUPテンポの歌が流れた。バラード熱唱だけかと思ったらこういう歌も唄うんだ。劇伴で良かったのでは…

 

監督. 石井裕也  音楽. 河野丈洋