2019.11.12 「イエスタディ」日比谷TOHOシネマズ
2019.11.12 「イエスタディ」日比谷TOHOシネマズ
ビートルズ世代としては見ない訳にはいかない。
ギター一本で唄うシンガーソングライター・ジャック(ヒメーシュ・パテル)、夢を諦めようとした矢先、12秒間の世界停電が起き、それが原因の交通事故に遭う。回復した時は前歯が二本折れ、世界が変わっていた。いや何も変わっていない。ただビートルズが存在しない世界だった。Googleでビートルズを検索するとカブトムシが出て来た。「イエスタディ」を唄うと何て良い曲、いつ作曲したの? と驚かれた。
でもSFの正確な並行宇宙ものではない。ビートルズの他にコカコーラとハリーポッターが無くなっていた。コーラというとペプシが出て来た。この三つに何かの法則はあるのか。ビートルズ以前? コカコーラ以前? ハリーポッター以前? この三つに僕は法則性を見つけられなかった。解った人は教えてほしい。ただ、検索するとストーンズもデヴィッド・ボウイも出てくるがオアシスは出てこなかった。この辺は何となく解る。周りの日常は全く変わっていない。停電前と停電後には同じ時間が流れている。現代の話だ。
要はビートルズを知らない世界で一人だけビートルズを知っているという設定が出来ればよいだけの話だ。発端は他愛無い。
ビートルズの曲をやるとやたらウケる。世間はそれを当然ながらジャックの曲と思う。自分のオリジナルをやっても見向きもされなかったのに。短時間で次々に名曲を生み出して天才と騒がれスーパースターへと駆け上がる。エド・シーランがエド・シーランとして出演していて、彼はモーツァルト、僕はサリエリだという。
慣れ親しんだ曲はいくらでも演奏出来る。でも意外と正確な歌詞は覚えていないものだ。ジャックは必死に歌詞を思い出し、わざわざリバプールまで行き、エリナー・リグビーの墓やペニー・レインを訪れる。
モスクワ公演では「バックインザUSSR」をやって大うけする。いつ作ったんだ? 来る途中の飛行機の中。わざわざ無くなったUSSRにするなんてシブい! (この言い方、今は死語?)
ビートルズの音源を使っているのはエンドロールの「ヘイ・ジュード」のみ、あとはこの映画の為の演奏である。役者自身が歌っているのだろうか。きっと歌もギターも役者自身がやっている、吹き替えには見えない。演奏歌ともリアリティがある。そうとう練習したに違いない。ギターだけでやる演奏と歌は、ジョンとポールが最初に曲を作った時はこんなだったのでは? と連想させる。
売れない頃から支えてくれたエリー(リリー・ジェームズ)とは、好きなのに告白出来ないままで、カリフォルニアに渡ってしまった。この純愛が映画のもう一つの柱。
レコーディングのスタジオに彼女から、新しい彼氏が出来たと連絡が入る。この衝撃と自分の曲ではないという後ろめたさが重なって、ステージで「HELP」を絶叫する。これがオリジナルと一番かけ離れたパフォーマンス。でも映画的には合っている。
楽屋を黄色い潜水艦の玩具を持った男女が訪ねてくる。ビートルズを知っている人で、盗作を指摘するのかと思いきや、ビートルズの曲を広めてくれてありがとうと言う。この辺がちょっと解らない。この世界にはジャック以外にもビートルズを知っている人がいたということか。
疲れきっているジャックに彼らはメモを渡す。それに従い人里離れた地へ赴くと小屋から出て来たのは78歳のジョン・レノンだった。そっくりさんが演じているのだろう。しかし一瞬驚いた。CGで何でも出来る時代だがやっぱり驚いた。ビートルズが存在しない世界、ビートルズにならなかったジョンやポールが居てもおかしくない。やり取りをよく覚えていない。船に乗り世界中を旅したと言ったか。
ジョンは「Let it be (あるがままに)」と「All you need is Love (愛こそはすべて)」という言葉を授けてくれる。
コンサートでジャックはスクリーンに映し出されたエリーに愛を告白する。そして自分が作った曲ではなく、ビートルズというジョン、ポール、ジョージ、リンゴという四人の若者が作ったものであることを告白する。そして楽曲のダウンロードを無料で開放する。怒りまくるアメリカ音楽ビジネス界の面々。
ジャックとエリーは故郷のイギリスで幸せな家庭を築いた。子供は二人。目出たし目出たしという話。
他愛も無いといえばそれまでだ。でもビートルズの歌から史実を踏まえつつ上手いエピソードを作り上げるものだと感心する。好きでも歌詞の意味まではしっかりと理解していなかった僕などには対訳が字幕で出るだけでも嬉しかった。読みきれないうちに次に行ってしまい残念な箇所がいくつもあった。
音楽史的にはモーツァルトやバッハに匹敵すると言われているのに知らない世代も出始めている。この映画、ビートルズを世界文化遺産にせよ! というアピール映画みたいな気がする。
イエローサブマリンのおじさんとおばさんには、ちょっとカルトの匂いを感じた。
映画として底が浅いとかご都合主義の話の作りとか色々批判も出来ようが、それでも僕ら世代は胸が熱くなる。僕らはビートルズと共に成長した幸運な世代なのである。
監督. ダニー・ボイル 音楽. ダニエル・ペンバートン