映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2017.02.08 伊福部先生の命日 没後11年

2017.02.08 伊福部先生の命日 没後11年

 

もう一年が経ってしまった。映画の感想だけを書くつもりだったが、接した作曲家の先生方の命日の日だけは、思い出などのコラムを書くことにして、伊福部先生について書いたのがつい先日、あれから一年が経ってしまったのか。時間のスピードがどんどん早くなる。

 

1991年「ゴジラvsキングギドラ」で伊福部先生に何年ぶりかで映画音楽の現場に復帰願った。先生はその時77歳。それから1995年の「ゴジラvsデストロイア」までの5年間は、思えば宝物の様な時間だった。

例年4月の頭に決定稿が上がる。それをお届けして簡単な打ち合わせとおおよそのスケジュールをお伝えする。7月末から8月にかけてラッシュが纏まってきて、何回か撮影所に来て頂き、監督と打ち合わせをする。いつも暑い最中。先生は麻のスーツに蝶ネクタイ。音楽録りは東宝撮影所の録音センター。編成は60~65人。タムコのレコーディングバスを横付けして中と繋ぐ。束ねたマイクのコードは一抱えほどになる。マイク、譜面台等のセッティングは前日から。電気の容量が足りないので撮影所の電気掛かりの人に頼んで引っ張ってもらう。一大イベント。最初は大変だったが2回目からは慣れた。

当時のメモが残っていた。M録りは、「ゴジラVSキングギドラ」が9月2, 3日、「VSモスラ」が9月1, 2日、「VSメカゴジラ」が8月28,29日、「VSデストロイア」だけは10月27,28日。Ⅿ録りの翌日2日間でMIX、その2日後あたりからDB、9月末初号、12月半ば公開というのが毎年の大体のスケジュールだった。合い間には取材が引っ切り無しに入った。ほとんど一年中、先生と接していた。

先生はⅯIXも夜中までお付き合い下さった。“バランスは解りましたので、あとは我々だけでやれますから”と言っても夜中までいらっしゃった。自分の生み出した音楽を勝手にいじられてなるものかと思っていたのかも知れない。夜中の2時3時まで平気だった。

DBはいつも13時からの登場。午前中、先生の居ない間にやったロールをまず初めにチェックして頂いた。”結構です”という言葉を聞いてから次のロールに進んだ。

音楽家はどうしても音楽を中心に聞く。監督はまず台詞がきちんと解るかが最初にある。先生と大森 (一樹) さんのやり取りは面白かった。台詞を聴かせる為に音楽を下げようとする大森、下げると音楽の形が解らなくなるという伊福部。先生曰く、曲頭をちょっとだけ上げてください、あとは下げて結構です。曲の頭の輪郭が分れば、あとは下げても聴こえるものです。成る程。

尾山台のご自宅と撮影所との間の送り迎えの車中では色んな話を伺った。DBの間には差し入れのケーキを食べた。先生は酒豪のくせに甘いものも大好きである。「vsデストロイア」を除いて、どの作品も10月の東京国際映画祭で上映された。その時は黒の正装で来られて、監督よりも出演者よりもゴジラよりもスターだった。

先生は何かというと ”ゴジラの” と言われることに納得し難い思いがあったことは間違いない。そんなことを話されたこともある。私には他にたくさん作品があるのに。しかし大衆性を獲得するということはそう簡単に出来ることではない。ましてやすり寄って獲得したものではなく、音楽的ポリシーを全く曲げないまま獲得した大衆性なのだ。さらにはゴジラというキャラクターに付随する音楽、という関係から、音楽に付随するキャラクターという逆転の関係にまで至ってしまったのだ。今や音楽が主でキャラクターは従なのだ。

この5年の間で先生は先に言ったようなことは言わなくなった。

 

尾山台の木漏れ日が射す先生の部屋で、打ち合わせも終わり雑談となる。珈琲を豆から挽いて入れて下さる。これが苦い。通ではない私にはちょっとキツイ。珈琲はお嫌い? いえ、そう言う訳ではないのですが。ダンヒルを燻らせながら先生は美味しそうに飲む。私も無理して美味しそうに飲む。砂糖を一杯入れてミルクで倍くらいに薄めたら美味しいかも。

ゴジラの5年が過ぎて映画音楽から卒業された後も、先生の元には作品の依頼が続いていた。ある時、仕事の話も終わって珠玉の雑談タイムとなった時、めずらしく先生が、中々作曲に集中出来ないのですよ、と漏らした。どんな事情か分からない。そう言ったあと、たまたま古本屋が持って来てくれて、と和綴じの本 (確か江戸時代とか言っていた?) を見せて下さり、夜中にこれを読むと救われるのですよ (不確か) という様なことを言われた。見たら漢文で、私はハァ? と一言で終わってしまった。

何という本だったのだろう。何が書いてあったのだろう。先生は何を考えていたのだろう。夜中にあの本を開いて、先生は時空を超えていたのだ。人間が発する原初の音に遡っていたのだ。なんて勝手に想像する。

僕は研究者ではないので、重要な言葉もヒントも気が付かないまま、みんな聞き流してしまう。ましてやメモなど取ってない。研究者だったら宝庫の様な時間をただ楽しんでしまった。

あの時先生は何を考えていたのだろう。今頃になってそんなことが気になっている。

2017.02.03 「恋妻家宮本」 Tジョイ大泉

2017.02.03「恋妻家宮本」Tジョイ大泉

 

50歳過ぎて、子供も片付いた。そこに訪れる “私の人生これで良かったの?” 熟年クライシス。子供が居る居ない、経済的問題、親の介護、個々の条件はみんな少しずつ違うも、大きな背景としては女性に経済力が付いた故か。これは世界の先進国の共通のテーマの様だ。離婚というハードルはどんどん下がっている。

熟年クライシスの震源は主に女性。男はこれに鈍感だ。定年もしくはその直近、今更ジタバタしてどうなるものでもない。男は現状を受け入れる、いや肯定しさえする。男のクライシスは中年40半ばあたり。“俺の人生これで良いのか?” ミドルクライシス。「Shall we  ダンス?」(1996.監督.周防正行) はこれだ。ここに謎の女でも現れたら家庭崩壊、新たな人生、になる。

熟年クライシスを純文学的に描いた映画が「さざなみ」(拙ブログ2016.4.10) だとしたら、こちらはさしずめこの問題の漫画的コメディーだ。

アバンで、夫婦それぞれの性格、出会い、30年余の歴史、が簡潔に語られる。手際の良さに感心する。節目節目となる出来事の舞台は何故かいつもファミレス。庶民はファミレスを舞台に人生を進めて行く。

宮本陽平 (阿部寛) は優柔不断な中学の国語教師。かつてはちょっとだけ作家になることを夢見ていた。出来ちゃった婚で生活の為に教師となり、美代子 (天海祐希) は専業主婦となった。女の方がキレが良い。天海祐希ピッタリ。

蔵書の「暗夜行路」からハラリと落ちた離婚届が事の発端。日々の生活は全く別に見えてくる。増殖する猜疑心がドタバタ喜劇を生み出し、それを面白おかしく、時に漫画的誇張を加えながら描いて飽きさせない。エピソードを阿部のモノローグが繋ぐ。コメディーで描く以上、結末が暗いものにならないことは推測が付く。何故、離婚届? で思わせぶりに引っ張って行く。そして最後に種明かし。実は大した種明かしではなかった。微妙な心の問題である。そんな“微妙”で離婚届を用意してしまう、今はそんな時代なのだ。

かつて離婚という選択肢は、特別な人を除いて、一般庶民には無かった。そんな時代の代表として富司純子が、恐怖のババアといったデフォルメで現れる。面白く見せる為のテクニック。教え子の一人で、母が不倫に走ってしまった家庭が描かれ、富司はそこのお婆ちゃん。不倫嫁を子供の前で全否定する富司に対し、宮本はオドオドしつつもきっぱりと言い切る。正しさよりも優しさ、正しさは戦争を引き起こすが優しさは戦争を起こさない。宮本が生徒に見直されるシーン。阿部も熱演だが、生徒役の男女がしっかりしている。

淀みない展開、飽きさせることのない語り口、手慣れた職人芸だ。しかしヒリヒリとした現実には結局触れず仕舞い。初めからそれは意図してないのかも知れない。それが映画としての物足りなさとなる。

阿部のモノローグに頼り過ぎている。みんな言葉にして明解に説明してくれる。ひたすら解り易く。台詞の無い映像が、役者の表情が、こちらに、自分に照らし合わせて考えよ! と要求する、そんなところがほとんど無い。

阿部は顔かたちだけでなく、声までもスペクタクルだ。バリトンの音圧のある良い声。この声でのモノローグは嫌でも押し付けがましくなってしまう。過剰な説明、押し付けがましく受け取られてしまう声と語り口。

阿部も天海も熱演。漫画チックに描くならこれ位キャラが立っている方が面白い。しかしその分微妙なニュアンスは切り捨てられてしまう。デフォルメが勝ってリアルは後退する。とってもTV的。

 

音楽は漫画的デフォルメに合わせて、シリアスから恐怖まで幅ひろい曲想で付けて、こちらも職人技である。弦のピッチカートが効果的だし、富司純子のシーンでは「犬神家の一族」の様な、琴やダルシマ(?) がメロを取って遊び心も充分。木管も弦も大仰にならない編成で程好い。泣きを強調する様な音楽を付けなかったのも良い。全体にジャジーな感じが通底しているのでダサくない。かなりベタ付けだが気にならない。ただ一つ、一貫するテーマが一つあったら。それをアレンジで各シーンにアダプトしていく…

かつて映画音楽はテーマが2 (~3) つ、それを全体の音楽設計の中で配置していき、編曲で各シーンに合わせて行った。今、この手法を取る映画音楽をほとんど見なくなった。個々の絵面に合わせることが優先されて全体の音楽設計がないがしろにされている気がしてならない。

この映画の音楽、けっして悪くない。テクニックもあるしセンスも良い。とっても映画音楽に向いている作曲家だと思う。

 

エンディングは吉田拓郎の「今日までそして明日から」

”私は今日まで生きてみました 時には誰かの力を借りて 時には誰かにしがみついて

~そして今 私は思っています 明日からも こうして生きて行くだろうと

私には私の生き方がある それはおそらく自分というものを 知るところから始まるのでしょう”

 

詩としての言葉の凝縮は全くない。簡単なコードに合わせてその時の心境をただ垂れ流しているだけだ。他の世代にとってどうだかは解らないが、僕ら世代にとって何故これが名曲たり得たか。売れる売れないに関係なく、拓郎はその時の心境を稚拙だがストレートに叫んだ。その稚拙な叫びが稚拙な僕らに響いた。覚えたてのギターで直ぐ弾けるコードで我が事の様にこの歌を叫んだ。それが瞬時に蘇る。あの頃が甦る。そして今の自分は? これだけで胸が一杯になる。

時代世代を超えて生き続けるポピュラーの名曲がある。もう一方で或る世代が持つ名曲がある。これは間違いなく後者。

この後の拓郎は他のアーティストにも曲を提供するようになり、売れる曲作りのテクニックを身につけていく。プロになっていく。丁度ソニーの専属になった頃か。この歌にはプロになる前の拓郎の稚拙だが真っ直ぐな叫びがある。僕らの形にならないモヤモヤを拓郎が代わりに歌にして叫んでくれたと僕ら世代はみんな思った。

ファミレスで全員が勢揃いしてワンフレーズづつ唄うエンディングは私としてはちょっと違和感があったが、映画の締めとしてはあれで良いのかも知れない

 

監督が誰だか知らずに見た。エンドロールの最後の最後に,遊川和彦と出た。そうか、脚本家遊川の初監督作品だったのだ。それで納得。解り易さ、漫画的誇張、あざとさ、阿部天海というキャラの立ったキャスティング。TVドラマを知り尽くした人の演出、そつなくテンポ良く解り易く飽きさせず、つまりTV的なのだ。2時間、何の問題もなく楽しめる。でもサラリとして何かが足りない。何かが。

 

監督 遊川和彦  音楽 平井真美子

2017.01.25 「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」 日比谷シャンテ

2017.01.25「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」日比谷シャンテ

 

ファーストカットはナイロビの可憐な少女である。父から勉強を教わり、母が焼いたパンを市場で売る。フラフープで遊び、原理主義者に咎められるも父はそっとかばう。ナイロビの少女の小さな世界。

何万キロも離れた基地でキャサリン・パウエル大佐 (ヘレン・ミレン) がベッドから起き上がる。全く別世界の交わることなど有り得ない人間同志が、ドローンを介して交わってしまうのだ。怖い映画である。

大佐は何年か越しで或るテロリストを追っていた。それを遂に見つける。作戦本部の大きなスクリーンにテロリストが居る家の映像が映し出される。顔が確認出来ない。ナイロビの現地工作員 (パッカード・アブディ) が市場に入り、鳥型ドローンを飛ばす。途中からは虫型ドローンに切り替えて家の中まで入り込む。うずくまってドローンを操作する工作員の所へ、ゲームをやらせろと子供が寄ってくる。それはプレステの操作器をいじっているのと同じだ。

その映像がロンドンの作戦本部のモニターに映し出される。人物解析はハワイの基地が担っている。ターゲットに間違いないと直ぐに連絡が入る。アメリカのネバダの基地には爆撃用のドローンを操作する二人がいる。ロンドンにはもう一箇所、大佐の上司ベンソン中将(アラン・リックマン) と政治家、法律顧問、が集まっている。攻撃の正当性、国会での追及、国際社会への対応、それらを考慮しつつ最終判断をここが下す。これらの人々が遠いナイロビの市場の一角の家の天井裏を飛ぶ虫型ドローンの映像を共有し、タイムラグの無いコミュニケーションを取っている。

今そこにある危機」(1994 主演.ハリソン・フォード) では上空の偵察機から麻薬シンジケートの幹部が集まる家を突き止め、攻撃機が爆弾を投下した。その何十倍もの精度でしかも偵察も攻撃も無人のドローンを遠く離れた所で操作して行える。立場を変えれば夢の様なテロだ。

ドローンが送って来た室内の映像には追っているテロリストの他に若者二人と爆薬が映し出されていた。まさにこれから二人の若者が自爆テロに向かおうとしていた。これには攻撃が違法であると叫んでいた女性政治家も黙ってしまう。今この家を攻撃することによって、自爆テロで奪われるであろう最低80人の命が救われる。自爆テロの情報を掴みながら手を打たなかった方が後で非難される。

攻撃を決定した時、ナイロビの少女がターゲットの家の直ぐ脇でパンを売り始めた。冒頭の少女である。一同は凍り付く。大佐は攻撃! と命令する。しかしネバダの攻撃ドローンの操作官はボタンを押せなかった。軍人としてあってはいけないことだ。大佐は脇の部下に少女の居る地点の被害確率 (死亡確率) を聞く。それは60~70% (?) と出る。目標を微妙にずらす。何とか40%にならないか。40%になったら後で言い訳が出来るということなのか。現地工作員が少女のパンを買いに走る。これも上手く行かない。

何年か越しで追っていたテロリストを取り逃がしてしまう。自爆テロが起きてしまう。少女は健気にパンを売っている。ベンソン中将も政治家も誰も結論が出せない。首相を探し出して判断を仰ぐも通り一遍の答え、この場の緊張は伝わらない。大佐が強引に被害確率40%と部下に言わせる。責任は私が取る。攻撃ドローンの操作官も今度は命令に逆らわなかった。発射ボタンが押された。50秒後 (?) に着弾 ! 現地工作員が少女のもとへ走る。しかし爆風で少女は吹っ飛ぶ。ドローンの映し出す映像でテロリストの生死が確認出来なかったので止めのもう一発。

少女はまだ生きているようだ。駆けつけた父親が病院に運び込む。助かるか、助かってほしい。助かったら従来のハリウッド映画だ。攻撃は正しかった。テロリストを始末し、自爆テロも未然に防いだ。少女も死なせずに済んだ。ハリウッド・カタルシス、英米軍は正しい。お疲れ様の大団円。

 

完全ではないにしても映画の時間と現実の時間はほぼ同時進行する。僕らのハラハラドキドキと焦りはほぼ劇中の人と同じだ。これを逃したらテロリストを始末する機会は失われる、自爆テロを未然に防がなくては80人が死ぬ、少女は助けたい…

テロリストは悪、イスラム原理主義は悪、これはこの映画の前提である。何故テロリストになったか、何故自爆テロに赴くのか、その問が無いと言ったところで始まらない。この映画の問題提起はそこにはない。それぞれが与えられた立場で正しい判断をしている。ある立場で下した判断で簡単に人の運命を変えられる。遠く離れた地で行う操作はほとんどゲーム、結果は人の運命の変更だ。あたかも全能の神の様に人の運命を変えていく、それが出来てしまう。それは許されることなのか、映画はそう問いかけてくる。

 

少女は死んだ。

父親は間違いなく反英米反政府の、嫌っていたイスラム原理主義に身を投じるはずだ。この終わり方は凄い。ハリウッド・カタルシスを壊す。

 

ビンラディンもこうして殺されたのかも知れない。居場所が分かれば空から突然爆弾が落ちてくるのだ。こんな技術さえあれば遠くからコーヒー飲みながら、何でも出来る、だからこそうるさい法律で縛っている。それで軍人は思う様に動けない。しかしそうでもしないととんでもないことになる。とんでもないことは山の様に起きているのだろう。

危機に対する素早い判断と法律と政治ということでは「シンゴジラ」と似てなくもない。しかしこちらは緊張感といいサスペンスといい、一枚も二枚も上手だ。エピソードに無駄が無いし、判断を仰ぐべき首相は北京で卓球をしていたり、大臣がトイレで電話を受けたり、どのユーモアも尤もらしく有りそうである。

良く出来た脚本と的確な演出、撮照録の技術パートはプロの仕事を提供する。市場は多分オープンセットだ。必要なところにはしっかりとお金を掛けている。それらが重いテーマを扱いながら、エンタテイメントとして一級品足らしめている。

ヘレン・ミレンは本当に幅のある役者だ。

音楽はほぼ全編になっていて、近年のハリウッドスタイルの映画音楽の良い方の例である。打ち込みと生を贅沢に使って、ナイロビのシーンでは中東の弦楽器の様な音色が印象的である。この弦楽器の曲がメインテーマということか。ロンドンもネバダもハワイも緊張感を表わす様に必ず背後にアンヴィエントな音楽が流れていて、その中にエフェクトの様な打音が埋め込まれている。この映画が日常の感情を超えたところで進行していることを示している。よく内容を理解した音楽である。着弾した時だけは一瞬無音にしていた。この無音は効いていた。

神のみぞ知る、で諦めのついていた領域にまで人為が及ぶようになってしまった時の人間は辛い。後戻りは出来ない。神様が担っていた領域を人間は引き受けなければならないのだ。

英映画だが、僕にはエンタメとしての作り方ではハリウッドと見分けが付かないのでひとくくりにしてしまった。

 

監督 ギャビン・フッド  音楽 ポール・ヘプカー、マーク・キリアン

2017. 1.23 「ヒトラーの忘れもの」 シネスイッチ銀座

2017.01.23「ヒトラーの忘れもの」シネスイッチ銀座

 

それにしても上手い邦題を付けたものである。ポスターも何も見ずにこのタイトルだけを見たら、ちょっとロマンチックなものさえ感じてしまう。「ヒトラーの偽札」というナチを扱いつつ欧州の知性とニヒリズムを凝縮させたような名作があるせいか。まんまと騙された。確かに「地雷と少年」では客は来まい。嘘っ八の邦題を付けてもお客を劇場に来させるのが宣伝、羊頭狗肉は宣伝の勲章だと思っている。英題は「LAND OF MINE (地雷) 」ここからよく「ヒトラーの忘れもの」を導き出した。確かに忘れものと言えば忘れもの、嘘ではないのだ。

映画はタイトルとは真逆、シリアスこの上ない。忘れものとは地雷のことだ。1945年6月、ベルリンは陥落して立場は逆転した。デンマークはドイツ憎しが一気に噴き出している。北海沿岸の海岸線にナチが残していった200万個の地雷、それをドイツ人捕虜の少年兵に撤去させるという話である。

屈強な体躯のラスムスン軍曹 (ローラン・モラー) が一地区のそれを指揮する。専門の大人の捕虜が来るものと思っていたら、来たのは貧弱な14人の少年兵、地雷など扱ったこともない。軍曹から手ほどきを受け、砂浜を這いつくばって素手で撤去していく。信管を抜く少年の緊張と恐怖が見ているこちらに伝播して正視に耐えない。思わず目をつむってしまう。

ドイツ人にはどんなに酷いことをしても許される。丸太小屋に押し込んで食事も与えない。ドイツ人だから当然だ。次々に命を落としていく少年たち。発狂する者。始めはそれを何とも思わなかった軍曹に少しずつ変化が表われる。良く見りゃまだあどけなさの残る十代の少年たちだ。情が移るのも自然だ。ドイツ人であると同時に人間に見えてくる。

地雷を取り終えたらドイツに帰してやる。軍曹はそう約束する。希望があると人間、頑張れる。発狂しそうな現実に耐えられる。

時々入る、海、砂浜、荒涼とした大地、夕陽、これらのロングショットは詩的だが重い。唯一、少年たちと軍曹が波打ち際でサッカーに興じるシーンが美しい。ここにだけは陽光が降り注ぐ。そう見える。

14人が4人になって撤去は終わった。軍曹に命令が下る。4人を貴重な地雷撤去経験者として次なる地雷原に行かせよ!  軍曹は必死に抗議する。上司の大佐が言う。これは命令だ!

その時の大佐はナチに見えた。憎悪の連鎖はナチ被害者をナチにしてしまう。

軍曹は4人を逃がす。走れ!  あの向こうがドイツだ!  少年たちは森に向かって走る。もしかしてそこにも地雷が…。画面が黒味になった。オフで爆発音が聞こえたら。エンドロールがせり上がり音楽が流れてホッとした。最後は希望とは言わないまでも絶望ではなく終わった。

音楽が良い。少ないが印象的である。地雷撤去のサスペンスなどには一切付けない。少年たちの救いのない状況に、いつの間にか遠くから、動きのない白玉の弦がFIする。もう一つのテーマは少し感情に合わせる様にPf、ギターかマンドリンリュートの様な民族楽器か、金属系の弦を弾いてマイナーの単純な音型を繰り返す。このテーマはエンドロールでようやくその全貌を現す。決して気持ちを癒してくれるようなものではないのだが、画面が絶えずこちらに緊張を強いるので、暗い音楽でも入るとホッとする。

 

軍曹は孤独だ。愛犬と二人きり。きっとそれなりの過去があるのだろう。時々行く軍の司令部での様子から決して主流でないことが解る。少年たちも大戦末期に召集された少年兵でエリートなんかじゃない。あっちもこっちも汚れ仕事をやり簡単に死んでいくのは末端ばかり。

最後に、これは実話に基づくものであり、何千だか何万だかのドイツ人捕虜が命を落とした、そしてその事実は長い間隠蔽されていたとテロップが出る。戦争の無い時代と場所で人間をやれている奇跡に感謝である。

軍曹を演じる役者も素晴らしいが、少年兵を演じるほとんど無名の役者たちが素晴らしい。

 

監督.マーチン・ピータ・サンフリト   音楽.スーネ・マーチン

2017.1.9 2016年度総括 「M・I グランプリ」

2017.1.9 2016年度総括「M・I グランプリ」

 

このブログ、始めてちょうど一年である。昨年の元旦、それまでに書き溜めたもの125をアップしてのスタートだった。

昨年は劇場でちょうど100本の映画を観た。その内ブログに書いたものは70、忙しさにかまけて書き損なったもの、書く程のものじゃないなと思ったもの等、私の都合と主観で30本はアップしていない。さらには良い映画らしいが見損なったというものもある。だから本当に私の都合と主観で、2016年度の邦画の私なりのアカデミー賞をやってみようと思う。題して、「M・Iグランプリ」

 

音楽賞 コトリンゴ (「この世界の片隅に」)(拙ブログ2016.12.05) *以下"拙ブログ2016" 省略

多くの映画音楽の作曲家がプロとしてどんな要求にも応えられる技術を持っているが故に、監督の要求に合わせた選曲材料提供者にならざるを得ない状況の中で、コトリンゴRADWIMPSも自分たちの音楽しか出来ないという非職人的強みを発揮して自らの音楽世界を崩さないまま、映画の演出音楽として機能させた、自分たちの音楽世界を映像にぶつけて掛け算効果を生んだ、とっても音楽・映像両者にとって幸運な出会い。中でもコトリンゴ。従来型の映画音楽では「日本で一番悪い奴ら」(同7.15)の安川午朗が印象に残る。

 

作品賞 「湯を沸かすほどの熱い愛」( 監督.中野量太 )(同12.20)

「怒り」(9.21)「モヒカン故郷へ帰る」(4.21)「リップヴァンウィンクルの花嫁」(4.22)「SCOOP」(10.14)「セトウツミ」(9.14)「この世界の片隅に」(12.05)「日本で一番悪い奴ら」(7.15) 等、好きな映画は沢山あったが、迷うことはなかった。

 

監督賞 李相日 (「怒り」)(9.21)

これは迷った。「モヒカン」の沖田修一、「リップヴァン」で見直した岩井俊二、「SCOOP」大根、「この世界の片隅」の片渕須直、でも怒りのカオスをそのまま作ろうとした李監督にする。何より音の演出が上手い。

 

主演男優賞 綾野剛 (「日本で一番悪い奴ら」)(7.15)

迷ったのは主演にするか助演にするかであった。「リップヴァン」では神様の使いッパの如き役、「怒り」では寡黙薄幸の同性愛者、「64」では真っ当な警察の広報官、私が見たものだけでもどれも全く違う役柄。それを見事にこなしていた。中でも「日本で一番」の無精ひげに鼻水は一番カッコよかった。

 

主演女優賞 宮沢りえ (「湯を沸かすほどの熱い愛」)(12.20)

女優で印象に残った作品が少なかった.見そこなっているのかもしれない。対抗馬としては「後妻業の女」(8.30)の大竹しのぶくらい。

 

助演男優賞 菅田将暉

これは一番迷った。

菅田将暉、「ディストラクションベイビーズ」(6.08)「何者」(10.21)「セトウツミ」(9.14)そして「溺れるナイフ」(11.18)、疾走するチンピラ感がたまらない。今チンピラがここまで似合う役者は他にいない。

妻夫木、「家族はつらいよ」(3.15)で真っ当をやったかと思えば、「怒り」ではエリートのゲイ、「ミュージアム」では言われて見ないと分からない程のメイクで犯人を演じた。善良好青年しかやれない風貌を超えようと敢えて異質の役柄に挑む、その姿勢は立派だ。そう言えば数年前の「黄金を抱いて飛べ」の髭面の妻夫木はカッコよかった。

もう一人、リリーフランキー、「女が眠る時」(3.11)「シェルコレクター」(3.17)「二重生活」(7.22)とつまらない作品の中でもしっかりと存在感を出していたし、「お父さんと伊藤さん」(10.13)では立派な演技者になっていた。けれど「SCOOP」の薬中チャラ源はリリーらしくて良かったなぁ。

この三人、誰を選んでも良い。

 

助演女優賞  杉咲花 (「湯を沸かすほどの熱い愛」)(12.20)

これは迷わなかった。この娘以外に考えられなかった。

「淵に立つ」の向井真理子、「アズミハルコは行方不明」と「怒り」の、真逆の高畑充希が印象に残る。

 

外国映画賞 「ラサへの歩き方 祈りの2400キロ」

あまりに今居る自分と違う世界。流れる時間と空間が全く違う。ドキュメンタリーかフィクションか見分けがつかない。こんな世界あったのか、こんな映画ってあったのか、こんな作り方ってあったのか。

 

以上、2016年度、M・Iグランプリでした。

2016.12.20 「湯を沸かすほどの熱い愛」 有楽町ヒューマントラスト

2016.12.20「湯を沸かすほどの熱い愛」有楽町ヒューマントラスト

 

予告編、癌を宣告され余命幾ばくも無いしっかり者の宮沢りえ、蒸発した旦那を探し出し、閉じていた銭湯を再開して、イジメに合っている娘の尻を叩き、それだけで、あゝ病気物余命物とカテゴライズしてしまった。知人からの勧めがなければ見なかった。見てよかった。今年最後を締めくくるにふさわしい秀作だった。

確かにこれをどう宣伝するかは難しい。ジャンルとしては病気物余命物だ。予告編は他に作りようがなかったのだろう。

これは血を超えた新しい家族の誕生の物語なのだ。双葉 (宮沢りえ) という余命二か月を宣告された女が、それ故に太陽の様なエネルギーを放出し、血を超えた核融合を起こして、新しい家族を作り上げ、煙となって宇宙に還っていくという話なのだ。

だから、さよならしなければならない哀しみより、出会えた喜びにピントを合わせる。それを強引な作為のシナリオでグイグイと引っ張って行く。大変な力技だ。血を超えた家族ということでは「そして父になる」の是枝作品と共通するものがある。しかしあちらにあざとい作為はない。自然に淡々と描く。こちらは作為の限りを尽くす。娘の安澄 (杉咲花) と血が繋がってないというのには驚いた。そこまでやるか。でもそれで血を超える家族は明白になった。これが胆なのだ。その強引な脚本を役者たちが血肉化して強引さを感じさせない。リアルでユーモアのある物語を作り出した。凄いことだ。

 

地方の銭湯のしっかり者のお母ちゃん双葉、夫 (オダギリジョー) は一年前に蒸発して、今は高校生の娘安澄と二人で暮らす。この娘がイジメに合っている。双葉は戦わなくちゃダメだと安澄を叱咤する。私はお母ちゃんみたいに強くない、お母ちゃんの遺伝子を受け継いでない、と叫ぶ。遺伝子という言葉が引っ掛った。安澄はついにイジメと彼女なりのやり方で対峙した、向き合った。杉咲花が素晴らしくてこのエピソードだけで感動してしまう。しかしこのエピソードはこれ以上追わない。“お母ちゃんの遺伝子、少しだけあった”この台詞が本筋なのだ。

イジメと並行して描かれる双葉に癌が宣告されるエピソード。ステージ4、余命は二か月。休業中の銭湯の夕暮れの湯舟の中で一人… そこに安澄から“お母ちゃん夕飯まだ?餓死しそう”という電話が入る。何にも知らない娘の勝手、それが双葉を“生きる”方へ呼び戻す。水の張ってない浴槽に響く会話、宇宙との交信のようである。落ち込む姿はそこだけだ。

そうか、この夕暮れ、「東京物語」の一人佇む笠智衆の、あの夕暮れだ。宇宙に一人取り残されて漂う、あの夕暮れ。隣のおばさんの声が地上へ呼び戻す。今は携帯…

 

探偵を使って探し出し連れ戻した夫、“これ安澄の妹”と小さな女の子・鮎子(伊東蒼)を連れてくる。あちこちに種をまき散らすオダギリの無責任でテキトウでしかもどこか憎めないゆるさ。今ダメ男をやらせたら右に出る者はいないだろう。コミカルとゆるい部分はオダギリが一手に引き受けている。

喫茶店で探偵 (駿河太郎) と向かい合った時、双葉は探偵の剃り残しの髭を引っこ抜く。こんなちょっとお節介ででもそれがイヤ味にならず、気が利いてしっかりしていてご近所でも評判が良い女って、居る。傍目には良く出来た理想的な奥さん、だが夫にとってはちょっと息苦しい。オダギリはそう感じた、きっと。それでつまらない女に引っ掛った。

本筋は一貫して母と娘の話だ。双葉と安澄、双葉と鮎子、鮎子と実の母、安澄と君江さん(篠原ゆき子)、双葉と実の母親(リリー)、血が繋がっていようと繋がってなかろうと。

 

誕生日には迎えに来ると言っていた鮎子の母親は来なかった。鮎子を抱きしめる双葉。翌朝鮎子が “よろしければこの家に居させて下さい” としっかり敬語を使って言う。伊東蒼という子役、一体どういう子なんだ。ドキュメンタルな手法で自由にやらせて切り取るというやり方ではない。しっかりと脚本が出来ている。台詞も練り上げられている。だから “演じている” のだ。完全に役と一体化している。ただただ嗚咽。

こんなことを子供に言わせる親は失格だ。しかしこんな現実ゴロゴロある。許容量を超えた現実に子供の心はパンパンである。子供でいられる時間が少ししかなかった子、「海街ダイアリー」冒頭のすず(広瀬すず)は少し大きくなった鮎子である。二人とも、宮沢りえ綾瀬はるかのお陰で少しだけ子供の時間を取り戻せた

 

双葉、安澄、鮎子、の3人の旅、てっきりここで癌の話をするものと思っていた。ところが違った。双葉は再婚、安澄は前妻君江さんとオダギリとの間の子だった。君江さんは聾唖者、ここで手話と毎年4月25日に送られるタカアシガニと礼状を安澄に書かせるという伏線が一気に解決する。それを話す宮沢と聞く杉咲、それを見つめてポロリと涙を流す鮎子の、女優三人鬼気迫る演技。見ている私は鼻水をすする。

 

全ての台詞やアイテムが何かの伏線になっている。味噌汁の味、4月25日のタカアシガニ、礼状は安澄が書く、いつか役に立つと教えられた手話、ブラジャー、赤、ピラミッド、誕生日には迎えに来るから、時間だけは腐るほどある、しゃぶしゃぶ…

 

双葉が実の母親(ガラス越しのリリー、これが最期の姿になった?)を訪ねて拒否されるシーンは辛い。双葉の母親は子供より自分の人生を優先した、鮎子の母親も、かつての君江さんも。子供を産んでない双葉だけが違った。“お母ちゃん、いつも人のことばかり心配してる”

 

各シーンは伝えたいことを語ると余韻を残さず直ぐに次のシーンへ行く。テンポ良く小気味よい。良すぎる位。一気に死期の迫った双葉の管を通した顔のアップが映し出された時はショックだった。あまりにその通りに見えた。本当にそう見えた。

ベッドの脇で安澄が “お母ちゃん一人じゃないよ” と言う。時間と空間と血を超えた結びつき。DNAなどという科学的裏付けは粉砕される。

 

ファーストカットは銭湯の煙突、そこにPfのリバーブを目一杯効かせた高音がボロンと入る。宇宙的響き。そのイントロに続いて明るいPfのソロ。風に揺らぐ銭湯暫く休業の張り紙、双葉と安澄の朝の様子。日常描写のBGM。二人乗り自転車のあたりにもこの音楽が入っていたか。所々に間を入れて動作に合わせる。ちょっと合わせ過ぎの感じがする。

頭にネットを被って蒸発ダメ親父が暖簾をかき分け登場する。ここで初めてPfソロ以外の音楽。アコ―ディオン、Perc、Gのコミカルな感じの曲。私ならこれを最初のMとする。ここまでは我慢、あるいはド頭のPfの高音だけとか。日常描写のBGMは無くても良かったのでは。

音楽はドラマに合わせて付けられていく。泣かせようなどと言う下品な付け方はしていない。Pfソロ、リズム帯とアコ、GとアコとPerc、少しSynの弦、程好い。ただドラマキッカケで入るので、入り方がどれもPfのボロンというワンパターンになっている。ちょっと、またか感がある。ドラマの流れで入れたくなるのは解るが少し我慢して短い曲を2~3曲削ればスッキリしたのではないか。アコをとっても上手く使っている。

お葬式で、満を持して弦の音楽が鳴る。いっそここまで音楽無しだって良かった。あるいは双葉を遠くから優しく見つめる宇宙からの視点の音楽、シンプルで明快なテーマメロを一貫させるという方法もあったか。

湯舟のシーンを挟んで最期の赤い煙は祝祭だ。泣きながらのお祭りだ。真っ赤な炎の中に画面一杯に「湯を沸かすほどの愛」と出てロックがカットインした時には涙グチャグチャになりながら拍手である。この主題歌のイントロは良い。続く歌も良いのだがイントロは演出音楽としてピタリと決まった。もっとデカく入れれば良かった。

 

監督.中野量太  音楽.渡辺崇  主題歌.「愛のゆくえ」きのこ帝国

2016.12.17  かしぶち哲郎の命日

2016.12.17 かしぶち哲郎の命日

 

12月17日はかしぶち哲郎の命日である。

2013年12月17日深夜、大森(一樹)さんから電話が入り、”かしぶちさん、亡くなったってネットに流れてるで”  患っている事、全く知らなかった。63歳だった。

云わずと知れた日本の伝説的ロックバンド・ムーンライダーズのドラマー。一方、かしぶちさんは多くの映画音楽も手がけていた。私とはそちらの方の付き合いだった。

最初は「恋する女たち」(1986 監督.大森一樹) 、大半の撮影が金沢ロケだった為、かしぶちさんと私は音楽打ち合わせの為、金沢に出向いた。ロケのバタバタの中、夜の10時近く、ようやく大森さんの体が空いて宿の玄関脇の四人掛けの狭いテーブルで会うことが出来た。大森、かしぶちは初対面。かしぶちさんで行くことは決っていた。主演の斉藤由貴のレコード会社のディレクターからの強い推薦があった。

その頃、駆け出しの映画音楽プロデューサーだった私は、その仕事がよく解らないでいた。映画音楽プロデューサーという仕事自体がまだ一般的に認知されていなかった。一世代以上うえの巨匠たちとの仕事では、私は何も言えず、ただひたすら段取り屋だった。

監督も音楽家も同世代というのは初めて。私はどんな役割をすれば良いのか。小さなテーブルを挟んで向かい合った二人、疲れている大森、どちらかというと口の重いかしぶち、どんな音楽にしましょう?なんて言っても両者共言える訳がない。音楽を言葉で打ち合わせるなんて至難の技である。さぐりさぐりの時間が過ぎた後、何となく映画の話になった。フランス映画である。誰が言ったか、「若草の萌える頃」(1969 監督.ロベール・アンリコ)というタイトルが出た。 “それや、それそれ” 重苦しかった場の雰囲気は一気に氷解、話はコロコロと転がって行った。かしぶちはジョルジュ・ドルリューが好き(「若草~」はドルリューではないが)、大森のベストワンは「冒険者たち」(1967 監督.ロベール・アンリコ)、その時私は、この仕事が映画監督と作曲家の共通言語を探すことだと解った。それは言葉とは限らない。曲だったり映画だったりもする。それが見つかれば役割の大半は果たせる。さてその時「若草の萌える頃」という映画名を私がいったとしたら、私は名映画音楽プロデューサー、しかし私はその時それを観ていなかった。私を取り残して二人の話は弾んだ。「冒険者たち」は私のベスト2である。テーマも口笛で吹ける。それをネタに話に加わろうにも割り込むことは出来なかった。歳は、私、かしぶち、大森の順で一つ違い、30代半ば、タメグチでやれた最初の仕事、映画音楽プロデューサーなる仕事が一気に面白くなった。

その後に続く「トットチャンネル」(1987)「さよならの女たち」(1987) は本当に楽しい仕事だった。「さよなら~」では、何でもない列車の移動のシーンに、“ここ歌でやってみィへん? ” “どうせならフランス語でやらない? ” “かしぶちさん、フランス語で唄いなよ” “やってみる! ” 三人で思い通りに出来た。その歌に ”サヴァ ヴィアン” という歌詞が出てくる。僕らの間ではその歌は「サヴァ ヴィアン」になった。サントラ盤で何とタイトルを付けたかは忘れた。

大森さんの映画にはそれまでの日本映画になかった、“軽み”がある。軽薄というのではない。どんな題材を扱っても絶対に重くならない、“軽み”。それは多分、大袈裟にいえば、人間肯定のオプティミズムである。その“軽み”の度合いを二人は肌で解り合っていた。重くなりそうなところをかしぶちの音楽が軽くし、軽く流れ過ぎるところをかしぶちの音楽がしっかりと落ち着かせた。ふたりは絶妙にそれをコントロールし合っていた。

 

2011年「世界のどこにでもある、場所」という単館系映画で、ふたりは何年ぶりかで仕事をした。私は絶賛してしまった。二人の“軽み”の度合いは絶妙だった。二人は技術的にも深まっていた。この映画のサントラも含めたかしぶちさんの映像音楽を2枚のCDに纏めてソニーからリリースし、その纏め役を仰せ付かった。ライナーにはこれまでを振り返った二人の対談を掲載した。虫が知らせたのか。

2015年、大森さんは「ベトナムの風に吹かれて」(主演 松坂慶子)という映画を撮った。この映画の音楽クレジットはかしぶち哲郎である。これまでの大森・かしぶちコンビの映画音楽から選曲して全編をまかなった。大森さんのアイデアである。現像場で初号を見た時、その為に書いた様にピッタリとはまっていた。メインタイトルの音楽は「サヴァ ヴィアン」だった。

かしぶちさんの声は軽くて腰がない。ボサノバやシャンソン系の声。メーターばかり振れて前に出てこない。ライブなどの後はいつも、”相変わらず歌ダメだね”というと”そんなこと言わないでよ”と返って来た。フィルムにのせると腰のない声は余計埋もれてしまう。映画を観ながら思わず心の中でつぶやいてしまった。”そんなこと言わないでよ”と返ってきた。