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映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2016.6.23 「エクス・マキナ」(Ex.Machina) 池袋ヒューマックスシネマ

2016.6.23「エクス・マキナ」(Ex.Machina) 池袋ヒューマックスシネマ

 

フランケンシュタイン博士、天馬博士、洋の東西を問わずマッドサイエンティストの夢は“人間を作りたい”、ネイサン (オスカー・アイザック) もこの系譜に属する。

世界的検索エンジン会社の社長ネイサン、謎に包まれていて社員すら姿を見たことがない。社内で、当たれば社長と山荘で一週間過せるという抽選があり、若くて真面目で聰明なケイレブ (ドーナル・グリーン) が当たる。ヘリコプターで山深く、途中からは一人で歩いて辿り着いた先はITで厳重に守られた山荘、地下はAIの実験施設。迎えてくれたのはネイサンと彼が作り上げた最新のロボット・エヴァ

エヴァはロボットの体ながら感情を持ちSEXも出来る。ケイレブとエヴァの間にどんな感情が芽生えるか、それがネイサンの最終実験だった。ケイレブもそれが少しずつ解ってくる。

ケイレブとエヴァは毎日会い話をする。それは出会った男女がお互いを少しずつ知っていく、あの心ときめくプロセスだ。いつか外に出て初めてのデートの時に着るのだと見せる、地味なスカートとブラウス姿、ロボットの体が隠れて一気に可愛らしい女になる。ケイレブはロボットと解りながら心が動く。それをモニターで逐一観察しているネイサン。

時々停電が起きる。停電中の赤い闇の中で、エヴァは“ネイサンを信じるな”と言う。停電はエヴァが、ネイサンのモニタリングを逃れる為に引き起こしている。エヴェは完全に自律したAIなのだ。この実験が上手く行かなかったら、私は破棄されるの? とエヴァ。“死”の意識が芽生えている。ケイレブはネイサンに聞く。AIはダウンロードしてデータを消去した後、次のタイプ用に改良を加える、ボディはそのまま保存する。

ケイレブとエヴァは脱出を計画する。ネイサンは全てお見通し。エヴァが君に愛情を抱いたか、それとも脱出する為にその素振りをしているか。つまり君を利用しているか。

ネイサン、ケイレブ、エヴァ、の密室劇、そこにもう一人キョウコ (ソノヤ・ミズノ) という身の回りの世話と多分SEX用のスレンダーな肉体を持つロボットが出てくる。英語を解さない。このロボットにエヴァは何やら囁いた、焚き付けた。脱出しようとするエヴァを止めるネイサン、その背後からキョウコがナイフを振り下ろす。エヴァが止めを刺す。

保存されている何体ものボディ、そこから千切れた腕を調達し、皮膚を剥がしてロボットの体を人間の肉体に作り変えるエヴァ。出来上がった綺麗な裸身、ヴィーナスの誕生

肉体を獲得したAIは可愛らしい衣装を纏い、地下の実験室から初めて外に出る。ガラスの扉越しにケイレブが必死に叫ぶ。扉は開かない。エヴァは一瞬振り返る。が、そのまま出て行く。肉体と自由を得た。初めて少しだけ笑う。

 

完璧な人間を作るということは、人間を肉体から始まり、精神のコアまで解析するということ。ネイサンはその最終局面でこの実験をした。AIも人間と同じ、存続すること、自由であること、これが第一義。エヴァはそれを獲得する。エヴァは感情を持つと言いながらその表情は乏しかった。全世界から集めたデータを元に作り上げたものだ。肉体と自由を持った今から体験が始まり、そのテータの蓄積が始まる。きっと顔の表情も豊かになる。人間と同じだ。

 

アリシア・ビカンダ―、「リリーのすべて」の妻を演じた人。「リリー」の時とは真逆の無機的無表情な役。この人可愛らしく見えたり妖艶に見えたり、美貌の上に大変な演技力。

監督は「私を離さないで」の脚本家とのこと。この作品、オリジナル脚本で初監督。4人の出演者だけで成立させた本と演出力は大変なもの。しかも密室劇。ガラスの扉、無機的廊下、モニター、絵画、変化のない舞台に必死に変化を与えている。

三人の駆け引きはどうしてもコンピューターを使うことになる。扉を開かないようにする、10時を記して扉は開けっ放しになる、これらの騙し騙されが台詞ではなく映像で表現出来たらもっとダイナミックになっていただろうと、難しいことを承知で勝手に思う。

時々外の自然がインサートされる。山、雲、滝、植物、それらはどこか日本的である。山の風景は水墨画っぽい。キョウコの作る食事は和食、箸を使っている。この日本趣味は何を意味するのだろう。

無意識の下で書いたという抽象絵画が飾ってあり、それにまつわる話も出てくる。その辺の知識が全くないので良く解らなかった。

音楽はSyn、パッドの上にSynのバイヴorグロッケンorチェレスタのような音色で短い動機が重なる。あるいは音量でサスペンスとクライマックスを作る。が特に印象に残る音楽ではない。音色、メロディ、リズム、等、密室の効果音も含めて音響としてもう少し工夫出来たのではないか。,ケイレブの部屋、ネイサンのモニタリングする部屋、廊下、外、それぞれの空気音を明確に違えるとか。こういう作品は音楽と音響効果は一人の下に集約した方が良い。音量を上げていくだけの盛り上げは今イチという気がした。

劇中、キョウコとネイサンが踊る音楽も振りを優先して選んだのかちょっと古臭い。エンドロールの主題歌も合ってるのやら合ってないのやら。

初めの方、山荘のエントランス、そこから地下の実験棟へケイレブが降りるまでの間、クラシックのPfのエチュード(もしかしたら有名なものかも) の様な軽い憩いの音楽、何でこんな音楽流すんだろう、無しの方がよっぽどサスペンスを盛り上げる、と思った。

最後に地下の実験棟から出てくるエヴァ、その時また同じ (多分) 音楽が流れた。この時のホッとする気持ち、人間の体温、この為に頭でも使ったことが良く解った。

いよいよ人間としての人生が始まる。練習は終わり、ということでエンドロールはもう一度、Pfのエチュードでも良かったか。もっと明るく前向きに癒されて纏まったかも。

 

ネイサンは暇さえあれば体を鍛えている。肉体信奉者だ。肉体を持つということの限界性、AIの仕上げはこの限界性を獲得することとネイサンは解っていたのかも知れない。肉体を持たない知性は暴走する。知性には無限の可能性があると勘違いした出来事が一杯起きている。肉体の復権である。

マッドサイエンティストは自分が創り出した作品に殺されることになっている。この映画も正にその通り。ネイサンは自分の運命を解っていたのかも知れない。それこそが正に仕上げだったのかも。ガラスの扉越しに開けてくれと叫ぶケイレブが滑稽に見えた。あの瞬間、ケイレブはこの映画の主役ではなく、滑稽な脇役になった。自分の意志を持ち、自律し、男を手玉に取るAI女の誕生は明るい。いつか人間はAIから野蛮人と馬鹿にされる、とネイサンは言っていた。全てネイサンの目論見通り…

チェスも将棋もAIが勝つ様になった時代のAI女の話。「her」もそうだったが、何でAIはみんな女なのか。

この建物を作った作業員は秘密保持の為に全員殺したとネイサン。何気に言ったあの台詞、怖かった。

 

監督 アレックス・ガーランド  音楽. ベン・サリスベリー、ジェフ・バロウ

 

PS(6/30)  ネイサンは時々鼻歌を歌う。既成曲。シンプル素朴なわらべ歌でも何でも。「テン リトル インディアン」でも。グラス傾け一人遠くを見ながらでも、料理を作りながらでも。脱出したエヴァがその歌を口ずさむ。こんな音楽的仕掛けは?