映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2018. 2. 24 「犬猿」 テアトル新宿

2018.2.24 「犬猿テアトル新宿

 

予告編、多分漫画が原作の今風青春物、タイトルも「恋する君の隣には」、性懲りもなく三番煎じ企画、一体どこが作ったんだ。最後に素人の女の子の、もう感動しちゃって、というコメント映像が流れる。素人にしてはちょっと可愛い、コメントもヤラセっぽい。こりゃ仕込みかな? と突然COして黒味。予告とはいえ随分乱暴な繋ぎをするものだ。その黒味の左隅に「犬猿」という文字が浮き出て来た。アレっ? さっきのは別の映画の予告だよね?

“眞子ちゃん、映画出たんだって” “エーっ、まあ” コメントしていたあの素人だ。何という導入。別作品の予告ではなく、「犬猿」のアバンだったのだ。ここで気持ちはグワッと掴まれた。もう映画に身を任すしかない。

 

腕力だけが取り柄のムショ帰りの兄・卓司 (新井浩文)、謹厳実直、地味で小心者の弟・和成 (窪田正孝)、あまりに正反対の兄弟。

家業の印刷屋を切り盛りして孤軍奮闘、責任感が強く、それなりに頭も良い、但し不器量な姉・由利亜 (江上敬子・お笑いのニッチェの片方)、ちょっと可愛い顔と大きな胸だけが取り柄の、女優を夢見てしまっている妹・眞子 (筧美和子)、こちらも正反対の姉妹。

二組の正反対が入り組んで、恨んで嫉妬して、でもやっぱり兄弟姉妹の絆は絶ち難い、と美しく纏めることはせず、犬猿の仲はまだまだ続くという物語。

東京の下町か地方都市か、敢えてこじんまりとした世界に限定して、犬猿カリカチュアして描く。広い画は一つも無い。「ビジランテ」の様に時々そとには広い世界があるといったカットを入れて、閉塞感を強調する訳でもない。これで映画を成立させているのは見事な脚本と見事な四人の役者の演技である。そして何より自ら脚本を書き、役者からそれを引き出した吉田恵輔監督の力である。

新井浩文は直ぐにぶん殴る兄を演じて演じているとは思えず。本格的な役者としての演技はこれが初めてではないのか、ニッチェ・江上の演技賞物の成り切りは驚愕の域。

筧は、普通の生活の中では可愛いとチヤホヤされるも女優としてはとても無理という現実を勘違いしてタレントを夢見てしまう、芸能界に山の様に居る役柄を、ほとんど地でやっている様だ。普通に可愛いことを利用した要領の良さと小狡さが本当にハマっていた。この映画の唯一の色気の部分、見ている内に本当にエロくそそられてきた。

窪田は真面目で地味で、でも兄を警察に売ったりして、目だけはいつも屈折している。四人の中で唯一複雑なキャラ。

 

吉田監督作品、これまでに劇場では「ばしゃ馬さんとビッグマウス」(2013)「銀の匙」(2014) のみ、あとは「純喫茶磯辺」(2008)「さんかく」(2010)「麦子さんと」(2013)をDVDで観た。「銀の匙」のみ原作物、しかも配給は東宝。他はオリジナル脚本で単館系。吉田監督らしさはもちろん後者である。どれも身近でこじんまりとした世界。作為的で大仰なドラマは無い。殺人や病気や死やタイムスリップを安易に使わないということだ。つまり吉田作品はそれ自体が今の邦画作品への強烈なアンチテーゼということだ。導入など今の邦画やその宣伝スタイルを馬鹿にし切っている。

シナリオライターになるという夢の諦め時を探すアラサー女と今だ形にならないカオスのままの傑作を抱えて大口叩く若造(「ばしゃ馬さんとビッグマウス」)、若い夫婦の間に妻のピチピチの高校生? の妹が介入して簡単に壊れる夫婦とストーカー化する妻、妹を追うも軽くあしらわれる夫 (「さんかく」)、離婚して喫茶店を始めた父親とそれを馬鹿にしながら心配する娘(「純喫茶磯辺」)、生みの母との何年振りかの再会とその死(「麦子さんと」)、どれも本当に日常的でよくある話、そこに笑いをみつけユーモアをまぶして洗練された映画にする。これは大変な才能というしかない。こんなデリケートと洗練を受け入れてくれるのは今の映画界では単館系しかない。テレビも映画もあざとさを増す中で単館系の映画のみがこれを可能にする。本来はこれが邦画の主流であるべきなのに。

由利亜が作ったチャーハンを卓司が引っ繰り返してテーブルの柿の種が混ざる。それを卓司が喰って、イケる、味に芯が出来た!  由利亜も喰って、本当だ!  この二人のやり取り、頭にこびり付いて、しばらくの間思い出し笑いをしていた。よくぞこんなシーンを思いつくもの。吉田監督の日常を見る目が好きだ。

 

終わり方がちょっとあっさりし過ぎているような。刑務所に柿の種入りのチャーハンを差し入れする由利亜とか、由利亜と卓司がくっ付き、和成と眞子が結ばれた、という写真がローリングの下絵に入るとか。色々考えてみたがそれも纏め過ぎか。今のまんまの犬猿は続くという新井の顔で終わるのがやっぱり良いか。

音楽、めいなCo。実は観てから大分経つので記憶がない。確かほとんど音楽は無かったような。音楽を必要としない映画だったような気がする。

こういう映画にこそ四人に共通の幼い頃の "歌" が見つけられれば。「鉄腕アトム」でも「夢は夜ひらく」でも「どんぐりコロコロ」でも「讃美歌」でも、そんな音楽的仕掛けが出来る映画。こんなの滅多にない。

 

監督. 吉田恵輔   音楽. めいなCo.