映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2019. 9. 19「ラスト・ムービースター」シネマカリテ

2019.9.19「ラスト・ムービースター」シネマカリテ

 

前日「サタンタンゴ」(7時間18分150カット、拙ブログ2019.9.18) を見てのこの映画、一瞬目眩がした。「サタン~」を見た時の目眩とは真逆。僕は「サタン~」対応の鑑賞眼のままになっていたらしい。映画ってこんなに何にも考えずに身を任せて見てよいんだ。テンポも程好く無駄が無く、話の展開は良く解り、重要なポイントはアップになったり音楽が入る。至れり尽くせり、何と寛げることか。そしてちゃんと感動しウルッと来て、終わりもこちらの予想通りで爽やかだ。

かつて映画が娯楽の王様だった頃、一時現実を忘れて映画の世界に没頭し、憂さを晴らして映画の主人公になった様な気分で劇場から出てくる、これが娯楽の王様、映画の醍醐味だった。今、エンタテイメントは参加型にシフトして、一方的に受け取るだけのものは主流の座を追われつつある。そして映画自体も、映画にとって映画的表現とは何か、という明解な答えなど出てこない問を自らに問うている。「サタン~」はそんな問いを内包した映画だった。

僕は自問する映画も好きである。一方で牧歌的なくらい素朴で一時を楽しませてくれる映画も好きだ。重要な点、「解り易い」と「安易」は違う。「難解」は「つまらない」ではない。昨今の映画はこれを混同している様な気がしてならない。

 

「ラスト・ムービースター」は解り易いが安易ではない。エンタメの王道を行く映画である。

70年代、男で初めてセックス・シンボルと言われてヌードも披露したバート・レイノルズの映画である。主演もバート・レイノルズ、企画自体が彼を想定したもの。まさか先に企画があり、そこにバートをはめ込んだということではないはずだ。

冒頭、80を過ぎた老人の彼が映し出されただけで驚く。頻繁に目にするイーストウッドならともかく、「ブギ―ナイツ」以来の僕には鼻の下の口髭だけではなく、顎も含めて白髪混じりの髭だらけの老人、これには驚いた。しかし良く見ると顔はメリハリ効いて端正、身体は少し小さくなった様な気がする。老いたバートが老いた老俳優バート(役名はヴィック・エドワーズ) を演じる。虚実皮膜、どこまでがフィクションでどこまでが真実なのか解らない。その塩梅が絶妙だ。

 

生まれ故郷に近いナッシュビルの映画祭から功労賞授与の手紙が来る。デニーロにもニコルソンにもイーストウッドにも授与したという。送られてきた飛行機チケットはエコノミー、どうも様子が変だと思いつつ行くと、小さなライブハウスで行う映画オタクの映画祭だった。デニーロもニコルソンもイーストウッドも招待したが受け取りになんか来なかった。アテンドの女リル(アリエル・ウィンター) が言う。“招待に応じたバカはあんただけよ”  宿はモーテル、送り迎えのオンボロ車を運転するリルは鼻ピアスしてバートを余所に彼氏と携帯で電話ばかりしている。怒って帰ろうとするが、ふと思い立って近くにまだあるはずの生まれ育った家を訪ねる。その辺からリルと少しずつ気持ちが通うようになって来る。良くある話と言ってしまえばそれまで。

若き日が甦る。かつての映画の若き日のバートと今のバートが一つ画面の中で対話する。

イーストウッドデニーロの選択は正しかった、自分は選択を誤った等、ハリウッド的裏話も満載である。プライベートでの後悔、今は施設に居る最初の妻への訪問、認知症の彼女からは  “お知り合いだったかしら? ” と返って来る。老いの悲哀、人生の後悔、功成り名を遂げたという自負、それらが絶妙にブレンドされていぶし銀の輝きを放つ。リフレッシュした彼は功労賞を受け取り、映画祭スタッフに礼を述べてハリウッドへ戻る。

一つとして予想を裏切るところがない。完璧な予定調和である。しかしその予定調和の何と心地よいことか。

バート・レイノルズはこの映画公開の翌年2018年,82歳で亡くなった。この映画が製作されて良かった。この映画に主演して良かった。きっとそう思っているに違いない。こちらもこの映画を作ってくれてありがとうと言いたくなる。黄昏を迎えた人生の様々な思いをそのままエンタメ映画に結実させたのだ。バート・レイノルズにとってこんな幸運なことはない。しかも上質なエンタメ映画として僕の様な遠い所に住む老人の心を打った。

見た人はみんな、“解る! そうだよな”と感じたに違いない。

 

音楽は全編カントリーである。快調なテンポを作り映画を明るくする。どれが既成曲でどれがオリジナルか僕には判別つかず。歌詞が映画に合っているものがあったから、それがオリジナルなのかも知れない。劇伴はあったのだろうか。全く記憶にない。

 

二日に渡り真逆の二本、面白いものは面白い。

 

監督. アダム・リフキン  音楽. オースティン・ウィントリー