映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2019.10.09「宮本から君へ」新宿バルト9

2019.10.09「宮本から君へ」新宿バルト9

 

原作漫画、TVとも未見、どんな話かも知らず。ただこの監督の前作「ディストラクション・ベイビーズ」(拙ブログ2016.6.08) のバイオレンスがとっても印象に残っているので、そっち系かなとは思った。案の定、冒頭アバンから、欠けた前歯、殴られて腫上った顔、公衆便所のかがみに映る顔が鏡の凹凸で歪む、その顔を自ら殴って自分の不甲斐なさを責める。けれど次のシーンは、欠けた歯と腫れた顔にネクタイしめて普通のサラリーマンとして会社で上司に叱られて謝っている。チンピラ物ではなく、サラリーマンものか。

 

靖子 (蒼井優) はしたたかである。一癖ある元カレと別れる為に、年下で一直線の宮本 (池松壮亮) をアパートに連れ込む。元カレ(井浦新) が現れてひと悶着。宮本、メンツを潰され、"元カレでしょ?”と言って帰ろうとする。”だからあんたは子供なんだよ”と靖子。元カレとのいざこざの中で宮本は "俺は靖子を守る!” と叫んでしまう。行きがかり上か本心か。靖子も元カレと別れる為に宮本を使ったと謝る。その晩二人は結ばれる。結ばれ方も意味深だ。始めお互いテレながら。ところが始まると女は手馴れたもの、おまけに避妊を気にする宮本に、生で良いと言う。この辺の思惑、中々深い。

それでも二人は幸せな朝を迎え、結婚を考えるようになる。両方の親にも引き合わせる。

 

そして事件が起きる。文具メーカーの営業マン宮本は飛び込み営業で行った先で気に入られ、そこの営業部長・真淵 (ピエール瀧) に靖子とともに飲みに誘われる。

営業部長はラガーマン、連れて行かれた飲み屋はその溜り場。中年ラグビーチームの肉塊の様な男達が数人いた。みなそれぞれの会社でそれなりの地位を持つ。次々に紹介されて、営業マンとしては有難い。靖子も“彼女”としてかいがいしく振舞う。

 

ラグビーは他のスポーツよりも横の繋がりが強いという。チームや大学や会社を超えてラガーマンとしての結束がある。さらにみんな社会ではそれなりのポジションの人が多い。サッカーが貧困層から発したのに対し、ラグビーは貴族のスポーツだった。イギリスでは今でもその伝統が残り、ラガーマンの特権の様なものがあるらしい。日本にもそんなものがあるのか。とにかく彼らは強靭な肉体と社会的地位を持つ。

 

酔い潰れた宮本を送る為に真淵の息子・拓馬 (一ノ瀬ワタル) が呼び出される。”今すぐ来い” 拓馬は飲み屋街のはずれに、ターミネーターの様に登場する。かつてはそれなりの選手だったよう、今は医学 (?) を目指すとか。宮本には拓馬は眩しかった。盛んに、拓馬は偉い拓馬は偉い、を繰り返す。

その拓馬が送り届けたアパートの眠り込んだ宮本の脇で靖子を強姦する。宮本はひたすら眠りこけていた。

それからは宮本の勝ち目のない復習劇である。腕力を付ける為に重い荷物を両手に持ち、電柱で逆立ち腕立て伏せをやる。拓馬はひたすら憎たらしく描かれる。挑む宮本の姿に熱いものが込み上げる。第一ラウンドは前歯を三本折られてあっけなく終わる。これが冒頭のアバンに繋がる。

 

血だらけになった宮本に靖子は酷い言葉を浴びせる。“あんたは眠りこけていた、あんたは自分のプライドの為に戦っているんだ! ”

 

元カレが大ネタと称して言う。実は靖子は妊娠している、俺の子かお前の子か生んでみないと分からない。それを聞いて宮本は靖子の会社に突入する。"結婚しよう! 俺が全部引き受ける” 血だらけの顔でそう叫ぶ。

宮本はいつも誰かに殴られて血だらけだ。対峙する靖子は動じない。宮本の直情を見抜いている。“ふざけるな、こっちは命二つ抱えてるんだ! ” この啖呵は凄い。宮本は簡単に吹っ飛ぶ。呆然としている周りに靖子クルッと向き直って “そういうわけで私妊娠してまして” 満面の笑みで言う。唖然とする者拍手する者、もう笑うしかない。鬼気迫る蒼井、情けない池松、周りの女子社員の絶妙な突っ込み、凄いシーンだ。

大竹しのぶを継ぐ者は蒼井優だと確信する。

 

宮本は再度命懸けで戦いを挑む。しかし強靭な肉塊に宮本、あっけなく非常階段から宙吊りにされ指を三本折られる。役者・池松も命がけの撮影。またも玉砕かと思ったら、玉掴みの禁じ手から形勢逆転。このシーン、こぶしを握り歯を食いしばって気がつくと僕は一緒に戦っていた。力が入った。非力な小男が強大な大男を最後に倒すというエンタメの基本中の基本にマンマとハマる。

 

戦った相手は拓馬、その背後にあるラグビーエリート階層、そして日本社会に残るマッチョ体質。男らしさ、男は女を守らなければならない、短絡的正義感、自分の属する集団を守るということ。飛躍するが、その代表がトランプだ。そしてこのマッチョ、大衆ウケする。これで集団の纏まりを作れる。国家の基礎だ。しかし集団の外側に目をむけることを忘れると間違った方向へ行く。

 

宮本はわざわざ自転車に血だらけの拓馬を乗せて、ゴミ捨てに出て来た靖子のもとへ行く。そこで宣言する。自分の為だろうと何だろうとどうでも良い、俺はお前たち二人を引き受ける、全部俺が引き受ける! 折れた歯でフガフガしながら言う。“あんたは自分の為に勝手に戦っているんだ、あたしとは関係ない”と言いながら靖子は涙を流す。脇には這いつくばって拓馬、あんなにニクニクしかった拓馬が幼く可愛くみえる。

 

僕はここでC.Oして主題歌C.Iかと思った。が、夕方の商店街の引き画と宮本を迎えに来たお腹の大きい靖子、名前どうしようかという会話が入り、部屋で急に産気ずく靖子、あわてる宮本、強引な編集で救急車の中 (この繋ぎあざやか)、おかあさんも赤ちゃんも大丈夫ですよと救急隊員、ここで主題歌C.Iだった。僕はこの一連無くて良かったのではと思う。余韻がゆるくなる。過剰な説明という気がする。宮本が血を越えてどちらの子だろうと引き受けることを強調したかったのは良く解る。だったらローリング主題歌終わりの黒味に“オギャー!”と一声入れるとか、“名前どうする? まだ早いよ”と一言台詞を入れるとか、そんな処理もあったのでは…

 

それにしても何でこんなに時系列をいじるのだろうか。冒頭アバンの歯が折れた血だらけの顔は拓馬との第一ラウンドの後、両親のもとを訪れるのは第一ラウンドが終わって第二ラウンドで拓馬に勝つまでの間 ? それとも拓馬に勝った後 ? 前歯の有る無しで見ていたら、元カレから金借りて入れ歯を作ったらしい? 入れ歯で宮本の親と会った時、母親に妊娠を見破られる、宮本は全部話したと靖子に言う、“あのことも?”ここから“あのこと?”のミステリーにしようとしたのか。この時系列イジリ、あまりにやり過ぎでは…

時系列が正確に解らなくても、始めにうっかり(?) 言ってしまった“俺が守る”という軽い言葉が本物の言葉になるプロセスの映画であるということが解れば良いのかも知れない。宮本の言動を次々に否定して鍛え上げていった、したたか靖子の映画とわかれば良いのかも知れない。最後に“拓馬に勝つ”を持ってくる為の工夫であることは解るのだが…

 

音楽は、実に的確なところに的確に付く。主張するわけではない、しかし映画をしっかり支える。這う様にSynの低い音、その上にPfがシンプルなメロを載せる。途中からキックが入り、力を加え、さらにはEgとDrが入って宮本の狂気を作る。宮本の気持ちに沿う。Epf (?) のソロがちょっとウェットなところを補う。劇伴としてとっても良く出来ている。映画を良く理解した音楽である。

 

全編、池松壮亮蒼井優のエネルギーでパンパン。そんな中で元カレの井浦新メフィストフェレスの様な役をやって存在感を出す。“土壇場で逃げるんじゃねぇぞ”は良い。

モデルか役者か分らなかった「ワンダフルライフ」(1998 監督.是枝裕和) の頃のARATAから時を経て、新はいい役者になった。ピエール瀧は相変わらずのどっしりした存在感、ピエールの子分役の佐藤二朗がいつアドリブを言い出すか心配していたら言い出すことなく、渋く演じていた。一ノ瀬ワタルは肉塊を演じて見事。

 

そして主題歌、こんなに映画から直結して違和感なくハマること、滅多に無いのでは。それ程曲も詩も歌も映画を良く理解している。2時間近くの映画と3~4分足らずの主題歌のウェイトはほとんど拮抗している。

 

血とバイオレンスを描きながら「ディストラクション・ベイビーズ」では神話性を感じ、この映画ではファンタジーを感じた。手持ち多用で、狭い室内シーンが多い話ながら息苦しさ無く、淀みなく見せる、大したものである。

 

時々入る、蒼井優の横顔が美しい。

 

監督. 真利子哲也  音楽. 池永正二  主題歌. 宮本浩次