映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2017.09.05 「幼な子われらに生まれ」 テアトル新宿

2017.09.05「幼な子われらに生まれ」テアトル新宿

 

田中信(浅野忠信) は一人娘沙織(鎌田らい樹)の親権を渡してキャリアウーマンの友佳(寺島しのぶ)と離婚した。娘と定期的には会っている。今日はその日、遊園地で観覧車に乗っている。良い関係の様だ。信が唐突に、もし(今の妻との間に) 弟か妹が出来たらどうする? と聞く。エッ? そうか、あたしがはじき出されることになるんだ。でも真剣には取り合わない。そう装ったのかもしれない。これがアバン。謎解きサスペンスの様。上手い導入。

信は、二人の娘を抱える奈苗(田中麗奈) と再婚し、実の娘の様に可愛がり、娘たちもなつき、幸せな家庭を営んでいる。奈苗の離婚は夫のDVが原因だった。

事情が説明されないまま信と娘たちのやり取りが描かれるので想像力で補わざるを得ない。大体のアウトラインが掴めた頃、答えの様にカットバックで過去の経緯が説明される。この展開も上手い。

奈苗が妊娠した。これをキッカケに寄木細工家族が一気に軋み出す。上の娘・薫は6年生、別れた沙織も同じ位か。自分に目覚める、一番揺れる年頃。親の勝手のシワ寄せが一番デリケートな所に表出する。それでなくても当たり所を探しているような年頃、実の父親ではないなんて格好の標的だ。

親の勝手で娘に余計な負荷を掛けていると思うと辛い。それを信は一人で引き受ける。ここ数年は会社の付き合いもせず、煙草も止め、有給は目一杯取っている。一流会社のエリートサラリーマン、かつては将来を嘱望されていたようだ。仕事よりも家庭を選んだ。娘たちへの責任を選んだ。今は配送子会社に出向となり、倉庫内で荷物集めをしている。

“だって本当のお父さんじゃないもん、本当のお父さんに会いたい!” これは辛い。1~2年して彼氏でも出来る頃になるとそんなことどうでも良くなるのかも知れない。この時期さえ乗り越えれば。でもこれ私の様に何十年も前にそんな時期を経験をしたジジイが振り返って言えること、当事者は娘も父も心はパンパンなのだ。

この時受け止めてくれる人がいないと、コンビニでたむろして悪い友達とつるんだりする。或るいは引き籠る。人生で最もデリケートな季節。

娘とは上手くいかない、会社でも上手くいかない、そこに病気でも重なったら三重苦で立ち上がれなくなる。間が悪い時には得てして重なるものだ。周りを見ればそんな奴、けっこう居る。

信は病気にはならなかった。二重苦で頑張った。二人の娘を必死で受け止めた。でも一度、妻にキレた。堕ろすしかないだろう、と言ってしまった。これで妻とも決定的となった。家を飛び出して駅前の煙草の自販機の前。今、煙草の自販機はタスポがないと買えない。持ってなかったのだ、きっと。思わず見知らぬ人から貰い煙草をする。車の中で久々の煙草を深く吸う。あの気持ちが手に取るように解る。きっと軽いやつだ。10ミリじゃ咳き込んでしまう。煙草は健康には良くない。でも精神衛生上は良いことだってあるのだ。

本当に惨めな時って日常の何でもないことまで上手くいかない。貰い煙草の演出は身につまされる。

行方知れずだった薫と恵理子の父親・沢田(宮藤官九郎)を信は探し出す。家庭には全く向かない男。娘に会ってくれと頼むと金を要求するような奴だ。会ってももう分からないし会いたくもないと言う。頼み込んでデパートの屋上で会う段取りをする。当日沢田はきちんと背広を着て縫いぐるみのプレゼントを抱えてベンチに座っていた。これにはこみ上げてしまった。実の親子、血のフィクションとはかくも強固なものか。役者としてのクドカンを改めて見直した。

薫は結局行かなかった。始めから会ってどうなるものでもないことは解っていた。信は縫いぐるみを薫に渡す。それを抱えながら薫は信の胸に泣き崩れる。こっちは血を超えた。

友佳の再婚相手は信と同じように沙織を実の子のように可愛がってくれた。その父の様な人が病気で余命幾ばくもない。沙織は、近所の仲の良いおじさんが死にそうな感じ、涙が流れないと言う。でも病院でお父さんの様な人が息を引き取る時、沙織は、“お父さん!”とオイオイ泣いた。こっちも血を超えた。

血を超えたり超えなかったり、実はそれはどうでもよいことなのだ。確かに血の繋がりは家族の科学的裏付けに基づく最後の砦かも知れない。しかし心はそれをやすやすと乗り越える。

 

幼な子が生まれた。病院で、薫、恵理子、信が迎える。覗き込む信のアップ。映画はそのストップモーションで終わる。サラリと終わって好感が持てる。

切り替えして幼な子の主観でみんなをパンする、なんて終わり方もあったか。新しく家族に加わります、よろしく!

 

音楽は必要最小限。Pfが間隔を置いてボロンボロンと単音に近い音を付ける。うしろにSynのパッド。中盤でAGが少し入る。Pfとユニゾンでメロディーを弾く(?)。記憶曖昧。遠くから家族を見つめる音楽。これで充分。呉美保の作品を手掛ける作曲家。

浅野のストップモーションの後はローリング、ここにも劇中と同じ間隔を置いたPfの曲が流れる。最後は優しいメロディーで包み込むという手もあったのでは。

 

例えば、幼な子の主観で家族を見回すラストカット、そして優しいメロディー(ここだけ弦で)が流れる。癒しではなく、家族として出会った奇跡への感謝。三島有紀子(「しあわせのパン」をDVDで見ただけだが) らしくはあるが、荒井晴彦 (脚本) らしくはないかも。

 

頑張る浅野忠信が良い。訳の分からない犯罪者をやるよりホームドラマで頑張るお父さんの方が好きだ。田中麗奈は地で行っているとしか思えない位普通の女に成り切っている。ちょっと出るだけでも寺島しのぶの存在感は圧倒的だ。役者クドカン、見直した。そして娘3人は何と自然だったことか。それらを引き出した監督、こんな才能が居たんだ。

 

監督 三島有紀子   音楽 田中拓人