映画と映画の音楽  by  M・I

音楽を気にしながら映画を観る、そんな雑感

2020.08.07「はちどり」TOHOシネマズシャンテ

2020.08.07「はちどり」TOHOシネマズシャンテ

 

少女ウニ (パク・ジフ) が必死にアパートの鉄の扉を叩く。母を呼ぶ。しかし中からは何の反応もなく扉は開かない。少しして少女は踵を返して下の階へ降りて行く。カメラはそれを手持ちで背後から追う。同じ鉄の扉を叩いた時、今度はすんなりと開いて母がお帰りと迎えた。カメラがそのまま引くと、そこが鉄筋の巨大なアパートであることが解る。少女は階を間違えただけだった。同じ建物がその奥に何棟も並んでいる。Synの中域のパッド、重低音、そこにPfの硬質な短いフレーズが乗る。まるでこれからサスペンスが始まるように。

 

扉の中には普通の韓国の家庭があった。父親を中心に食卓を囲む。兄は大学受験をひかえている。姉は親が望む高校には入れなかったようだ。父親はそれをなじる。中学二年のウニはそれらを違和感もって見つめる。

学校では、カラオケに行くような不良の名を書けと紙が回ってくる。大声上げてみんなで、“ソウル大に入るぞ!”と叫ぶ。どれにも違和感がある。

兄は何かというとウニを殴る。それを父親に言っても取り合ってくれない。姉は遊びの方に走り始めている。

 

マンションではない、鉄筋アパートだ。けれど半地下ではないから「パラサイト」(拙ブログ2020.01.16 ) の一家よりは恵まれているのかも知れない。家業の餅屋は繁盛しているようだが、上のクラスへ行く為にはまずは良い大学、そうしないと何事も始まらない。

 

中学二年14歳、社会に目が開き、性にも目覚め、親を疎ましく思い、勉強しながらも何故? と考えてしまう。不良が魅力的に見えその真似事をしたりもする。レズではないが女同士の憧れと嫉妬の変な世界 (昔はSと言った?) もある。

世界中の14歳の少女に共通する知り始めた世界への違和感に、韓国社会特有のものが重なる。

 

漢文の塾の新しい女の先生は一人階段で煙草を吸っていた。良い大学に入ったけれど何年も留年しているらしい。明らかに学生運動に関わっていたことが透けて見える。木村佳乃寺島しのぶを足して2で割った様な平べったい、けれどどこかアンニュイを漂わせて魅力的、ヨンジ先生(キム・セビョク) は親とも学校とも友達とも違う別の世界を持っていた。ヨンジ先生は“殴られてはダメ!”と言う。数多女性活動家の言葉より強く響く。

 

1994年7月金日成死去。それがTVニュースでカットインする。こんなにも鮮やかに個人と社会がクロスする描写を見た事がない。単にTVのニュースなのだ。けれどウニは14歳の多感な少女から南北に分断された朝鮮半島の韓国側に生きる少女に、一気になった。

さらにはその年の10月、橋が崩落してバスが川に落ち多数の死傷者を出す大事故が起きる。ヨンジ先生はその犠牲者の一人となった。僕はヨンジ先生と連絡が取れなくなったので自殺かと思った。先生はそんなに柔ではなかった。しかし運命はもっと不条理で残酷だった。この事故は僕らが思うより韓国の人にとっては大きな意味を持つらしい。

兄が車を運転して姉とウニと三人で橋の崩落現場を見に行く。何だかんだ言っても兄妹なんだとちょっとホッとする。

誰にでもターニングポイントとなる年がある。1994年、ウニにとってはまさにこの年がそれだった。

 

ウニ役のパク・ジフ、小柄だがしっかりとした意思を持つ顔立ち、この娘を見つけたことは大きい。

 

「パラサイト」でも思ったが韓国では“家族”は今だにあんなに力を持つのか。父親はあんなに権力者なのか。ウニの友達が、親が離婚するのでどっちと生活するか選ばなくちゃならないという。この頃から韓国でも家族の崩壊、そして疑似家族に至る問題は起き始めたのか。今の韓国の実際はどうなのだろう。

 

音楽は打ち込みと生Pf。冒頭やエンドのSynにPfの高音が乗る曲がとっても効果的。メロのある劇伴ではないが、映画をとっても良く理解している。ただ中程でEPfをボロンとやったりコードを弾くだけの短いものがあるが、あれはただチープなだけ、無くて良い。

安っぽい歌謡曲の使い方も上手いし、ヨンジ先生が唄う「切れた指」(?) も僕らには解らない意味があるのだろう。

効果音がとってもデリケートに付いている。何でもないノイズの中に社会を感じさせる様な音が混じる。兄に殴られた後のボワンとこもった音処理も良い。

 

ウニはヨンジ先生に出会えて良かった。

その後のウニはソウル大学に入れただろうか。あれから25年の月日が経つ。先生から送られたスケッチブックにどんな絵を描いたのだろうか。今頃は漫画家になっているか、それとも映画監督か…

 

監督. キム・ボラ ( 何と長編初監督! )  音楽. マティア・スタニーシャ